(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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だいぶ遅くなってしまいましたが…
7月末に保険屋を退職するにあたって、やっと雇用保険の手当をもらえました

ツタヤの場合、前々職のMR時代の月あたりの給与を基準に平均日額が出され、さらに係数50%(※1)が掛けられ、1日あたりもらえる額は約5,700円でした。

で、9月始めから今の会社では働いているので、もらえたのは
・8月分の失業手当(31日分)
・再就職手当(残日数30日×係数(※2)50%=15日分)
ということで、約5,700円×(31+15)日分≒約26万円 でした。

9月1日付けの採用証明書を会社に書いてもらうことで、8月分の失業手当は書類投函後1週間以内に、再就職手当の方は審査を経て今月10月の上旬に振り込まれました。

いやぁ、本当に助かった…(ToT)

※1:日額に関するもの。80%~45%で決められており、算定対象が少ない人は大きな係数がかかる。
※2:再就職手当に関するもの。残日数が60日以上だと60%、30~59日だと50%(2012.8現在)

・・・・・・・・・・

ここで、ご興味を示してくださる方のために、もうちょっと詳細を・ω・


1.そもそも、なんでもらえるの!?

→就業手当の争いで負けて、受給権が行使できないまま残ってしまったからですorz
失業申請は去年の10月13日くらいにしてたので、3ヶ月の給付制限は1月くらいに終わってました


2.前々職の給与が算定対象になっている!?

→実はMR時代の給与が平均日額の算定対象になっているのですが、通常は直前の職(ツタヤの場合電話営業のアルバイト)の給与が対象となるということで、珍しいケースのようです。

これは、アルバイト、保険屋とも働いていた期間が短く(共に4ヶ月)、算定対象の職業としてみなされなかったためのようです。
雇用保険の手当は、通常は2年以上の働いていた期間に12ヶ月分以上の雇用保険料を払った時に受給権を得られます。通常ではなく事業者側の理由や体調・家庭の事情の理由(いわゆる特定受給資格者、特定理由離職者など)でも1年以上の期間に6ヶ月分以上払っていないと受給権を得られません。
ツタヤの場合、MR時代以外はこの制限を満たしておらず、書き換えが起こらなかったため、MR時代の給与が対象となりました。


3.再支給手当の残日数が「30日」って、少なくない?

→そこに気づき「おいツタヤ!もっともらえたはずじゃない!?」と心配してくださる詳しい方、本当にありがとうございますm(__)m

実は、これってMR時代のが算定対象になったのと関係しているんですね。支給対象期間は、退職後の1年間だけなんです。
ツタヤが前の製薬会社を辞めたのが去年の9月30日なので、支給対象の期間は、今年の9月30日まででおしまいだったんですよ。
7月末日退職だったので、通常は90日間、10月末日くらいまで対象期間で、9月の初日付けの就職なら再就職手当の残日数は59日としてカウントされるるはずだったんですが…まぁそこは仕方ないと思います

・・・・・・・・・・

ちなみに、5月にツタヤは就業手当に関してハロワと争っていました。
その時はハロワや労働局に対する怒りや呆れ心頭に、プー太郎日記番外編 雇用保険の手当の行方 なんて書きましたが…

今回は7月に心折れて保険屋も辞めることを決めた時、相手方のハロワの係長の方に、敗訴を受け入れれば失業手当+再就職手当という形で支払われるということを確認した上で、今度は逆に協力して頂きました。

筋が通ってないなぁ、自分…〃∀〃

まぁそこは、
・勝てる見込みの薄い争いをプーに戻った自分がして経済的余力を削るより、確実にもらえるものをもらった方がいい
・そもそも就業手当をもらえたとしても、日額が少ない(係数30%)ため、今回もらえた額より少ない(恐らく17万程度)
という事情がありました。

へっ!! あたしゃどうせ計算高いですよ!!
キツネさ!! 悪魔さ!!


失業に関して、国が絡んで「相互扶助」の精神で成り立ってるこの制度。
どんな事情であれ、失業して経済的に不安定な立場になってしまった方の役に立ってもらわなきゃいけない制度ですしね。
ツタヤのケースは結構珍しいパターンだと思いますし、とりあえずネット上にアップすることと致します✩✩


※関連エントリ
アルバイトしてたら手当がもらえない!?ふざけんなー!→プー太郎日記4 失業手当がもらえない!?
そして審査請求をしてみた→プー太郎日記6 失業手当がもらえない!?その2
で、審査をしたけど、負けたぞおいっ→プー太郎日記番外編 雇用保険の手当の行方


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2012.10.21 / Top↑
29日に転職決まりました。
凄腕のエージェントさんと会えて、9月から再び働き出せるようになりました。
今度は、CRAをします。製薬会社からの治験のアウトソーシングの受注をし、代わりに医療機関で治験をする職です。

転職なんて、チョロいね・∀・b

ってのが実は正直な印象なのですが、ただ今回ばかりは腰を据えて働こうと思います。

・・・・・・・・・・

で、7月に独立諦めた(+保険屋辞めた)時以来、自分の生き方自体を見直すことがよくありました。

高校卒業から今までの9年半
2003.4~2004.3 1浪するも医学部また落ちて医者諦めた
2004.4~2008.3 理系の大学で院行く空気の中、4年の8月に急遽就活開始(当月決定)
2008.4~2011.9 MR3年半、独立したくなって退職
2011.10~2012.8 プー太郎半年、保険の個人代理店4ヶ月、独立諦め退職
という経歴でしたが…何ていうか、刹那的すぎる。

そもそも19歳の春、2浪するだけの精神的余力がなくて医者になるのを諦めてますが(注:防衛医大には受かっていたものの、当時は自衛隊のイラク派遣などあった、東京に彼女がいたetcあり行かず)、
その時点で、ツタヤの頭からは「夢」とか「未来」ってものは消え、反動で極端に「今」に傾いた人間になってしまったと思います。

少しでも周りの幸せを増やしていけるような人間になりたくて、その瞬間その瞬間で学業も仕事も頑張ってはいたし、一方でいろんな人に会い、話なんかも相当聞きました。人生相談やお説教、怪しい?勧誘まで。
結果的に、結構いろんなことに精通していて、コミュ力も能力もそこそこ高い、まぁまぁな人間にはなれたと思いますが…

完全に行き詰まりました。
「やる理由」の欠如。頭の中のキャンバスは未来の設計図なのに、真っ白なまま。
このままじゃ、独立を抜きにしても、これ以上の人間的な成長だとか、幸せな人生だとかを期待できないと直感しました。

※つい最近、親しい友人から「お前、実は器用貧乏だよね」という指摘を受け (゚д゚)ウマー でした。
どう見ても不器用な生き方なのに、器用貧乏な自分って…笑

・・・・・・・・・・

そんな自分の人生を建物建設に例えると、

高い建物をいち早く立てることに集中しすぎて、設計図無視でとにかく上へ上へ建てまくったら、足場がずさんなことに気づいた。
スカスカな骨組み、ネジ抜けてる箇所もたくさん。もうこれ以上、上を目指せない。

みたいな状態だと思います。

そんな自分に必要なのは、土台の隙間を埋めることと、ちゃんとした設計図。

言い換えれば、今まで無視してきた趣味(無いに等しい)だったり、恋愛(彼女いない歴7年半)だったり。それと、「未来」。

何ていうか、「夢」だったり、「守るべきもの」だったり、最低でもそういったものを見つけ、それを含めて未来をイメージしていかないと、ここから先のステージは進めないって感じがしてるんですよね。

※別の親しい友人からは、よく「昔の俺に似てる」と言われます。
その友人は大学時代は友達付き合いや遊びなどをおろそかにして自己研鑽に励んでいたようで、社会人になって遊びもバリバリこなす優秀な先輩に巡り合い変われたと。
ツタヤとしては、大学時代の彼の場合「今を軽視しすぎた」、ツタヤの場合「今を重視しすぎた」と、方向性は正反対だった思いますが、やっぱり学業や仕事一辺倒ではガタがくるという点では、彼のアドバイスを別の観点からしっかり考えておけばよかったと今思います。

・・・・・・・・・・

CRAは、MRに比べると、収入は劣るものの労働時間という点ではキツくないようで、MRをされていた女性が結婚や出産を念頭に転職をするケースも多いようです。

ツタヤは男ですが、やっぱりワークライフバランスとかもしっかり考えつつ、「夢」だとか「守るべきもの」とか、そういった大切な何かを見つけたいって思います。
何をやっていくにも、「やる理由」って、きっとそういったものだと思うし。

ただ、CRAって、どうやら凄腕エージェントさんによると、業界歴が長くなると医療機関のキードクターからご指名が入ることが多いようで…
専門性も強く、独立・起業も出来る仕事みたいでした。

うーん魅力的…いや今大切なのはそっちじゃない(>_<)

独立をすることやお金を稼ぐことも男としては憧れますが、自分の目的は、少しでもこの世界の幸せを増やすこと。
それを自分なりのやり方で実現していけるよう、まず自分が自分の思う幸せを掴むこと。

独立諦めて、保険屋辞めて、で会社員戻るって言った今回の転職劇ですが、これを機に人生のステージさえ変わりかねない。ってか、変えないと先に進めない。
慎重に、かつ力強く進んでいかないといけない。と、今はそう思っています。


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2012.09.01 / Top↑
全くもってお恥ずかしい限りでございます。
元プー太郎ツタヤ、昨日8月1日より、再びプー太郎になってしまいました(>_<)

そんなわけで、皆様お久しぶりデース(・∀・)ノ

…フルボッコ確定ですねorz

でも同じ「プー太郎」でも、なんかもう前回とは心持ちが全然違うんですよね。
前回プーになった時は「独立したい」っていう目的を持って、それに近づくための退職だったのでした(参考エントリ1)。
しかし今回は「独立したい」っていう目的を失って、折れてしまったための退職です(参考エントリ2)。
今回は、正直気が重いです。プー太郎するにも前向きなものなのかそうでないものなのかでこんなに気分が違ってくるなんて…今回はもうほんとさっさと脱プーしたいです(;_;)

・・・・・・・・・・

そんな浮かない気分ではあるものの、唯一の救いは、今回は失業手当が出る!!!

前回プー時はハロワが出さない方針で、審査請求をしたにもかかわらず出ませんでした。(参考エントリ3~5)
しかしそれが幸いし、今回の退職に際し有効期限となる9月30日(去年の製薬会社の退職日より1年)までの計2ヶ月61日間、MRやってた頃の給料ベースで支払われることに!!
1日だいたい6,000円、月に18万前後…やっだぁ(ToT)

とは言え、これだけの収入で、またもくそ高い国民健康保険料を払わないといけないかと思うと、もう憂鬱で憂鬱で…早いとこ就職先を見つけ、会社が半分出してくれる被用者保険制度の恩恵に与りたいとこなんですよね。

もう1つ言うと、今住んでいるアパートは実は独立を念頭に自宅兼オフィスにしようと借りた2K(しかも沿線主要駅から徒歩5分)なので、家賃も決して安くない(´Д` )でも、引っ越そうにも職を身につけてないと、うちの父親以外で保証人に立ってもらわないといけないことになりそうで、なんやらめんどくさい!
くそ、ここでも定職を持ってないとダメか…orz

サラリーマンがいかに優遇されているかということを、最近再びひしひしと感じてしまいます

・・・・・・・・・・

しかも最近ツタヤ、偏頭痛を発症してしまいました。

先月27日の朝、寝て起きたら、肩から後頭部横側への脈打つような痛み…これが時間が経つごとにどんどん痛くなる。
やがては右の頭全体に雷が走って一面火事になるような、ズキズキしたひどい炎症性の痛みに。
動くと痛い。暑さでも痛い。光や音の刺激でも痛い。悲鳴が止まらない。もはや暗くて涼しいところで横になっているしかない。…それでも痛い。

この偏頭痛って普通男には珍しいらしいようですが、ネット情報だとどうやら遺伝子が関わっていたようでした。
で、気になって実家の母親に聞いてみると

「あぁ、あんたも頭痛かったのね

岐阜の実家で、ちょうど母親もひどい頭痛に悩まされてたと。


おかあさぁぁぁぁん!!!(´д`)


とりあえず30日にMRIを撮ってもらった結果は特に異常はなく、命に関わることはまずないようですが。
しかし痛みで体を動かせないなんて言う経験は、もうすぐ28になりますがありませんでしたので、本当にいい体験したなと思います。

しかしほんと頭痛い…腹いせに片頭痛エントリでもつくってやろうかしら!

・・・・・・・・・・

そんなわけで、今月からは負け組プー太郎のツタヤです。
今月で28になるし、可及的速やかに生活を安定させ、1人の適齢期のオトコとしての甲斐性を見せてやりたいと思います!

P.S.今回「負けた状態からのスタート」という意味で、タイトル(スタート)に★(黒星)を入れてみました。やべっ


参考エントリ1 会社を辞めた理由
参考エントリ2 独立諦めます。保険屋も辞めます。
参考エントリ3 プー太郎日記 4 失業手当がもらえない!?
参考エントリ4 プー太郎日記 6 失業手当がもらえない!?その2
参考エントリ5 プー太郎日記番外編 雇用保険の手当の行方
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2012.08.02 / Top↑
今回のブログは「独立諦めた」と「保険屋辞めた」の2タイトル複合構成で、かなり長くなってしまいました。
なので、この冒頭の部分で全体を一度まとめて「目次代わり」とします。

ちなみに
そもそも独立を目指した経緯 → 会社を辞めた理由
その後保険を選ぶことになった経緯 → プー太郎日記 最終回 長い休暇の終わり
に書いておりますので、お時間ありましたらお付き合いいただければと思います。

・・・・・・・・・・

最初に、タイトルの通りまず独立を諦めることと致しました。

それに従い、4月から始めた保険屋の仕事ですが、今月で辞めることとしました。
仕事自体は楽しかったですし、契約を頂くのも決して難しくはありませんでした。
ただ、元々独立目的で、その一環で就いた仕事だったので、独立を諦めたところ保険の仕事を続ける理由もなくなってしまいました。

応援してくださった皆様、そして共に励んだ皆様、本当に申し訳ございません。
皆様に説明責任があると思いましたので、言い訳と紙一重になるかもしれませんが、詳細は以下に記しましたので、気にしてくださる方はご覧ください。

予め簡単な流れだけお伝えすると、

「損保の仕事での収入の不安」
「周囲の人間とのしがらみ」
この2つがきっかけで、いろいろ考え出した
 ↓
考えてるうちに「やる理由」がないことに気付き、何をしても独立は無理だと直感した
 ↓
独立が無理である以上、保険の仕事を続けるメリットがないように感じた

というところです。

なお、独立を諦めた時の「やる理由」の欠落については、次エントリ 自分にないもの ~ボクハ負ケ犬~ で、心理学や成功哲学だとかも絡め詳しく書きました。こちらも別の機会に宜しくお願い致します。

以上、目次代わりに。

・・・・・・・・・・

で、始めます。
独立を諦めたきっかけは2つあり、2つとも保険の仕事に関わるものでした。

1つ目のきっかけは、損保は儲からないということでした。
毎月のキャッシュフローが赤になる。プー太郎時代に出来た借金が、むしろ増えていく…
修行がてらお金を稼ぐ目的で仕事も始めたのに、逆にお金が減っていくようで元も子もない状態でした。

と言うのも、歩合の率の低さが想定以上でした。
ツタヤがいる損保会社の代理店候補生の基本給は24万(ボーナスなし)、そして上乗せで歩合なのですが、この歩合は

月額手数料(月の歩合) = 月額保険料 ×(最大0.2)

となっておりまして、例えば基本給と合わせ月40万もらために歩合で月16万取ろうとすると、最低でも月に80万の保険料を持っていないといけません。

ここで、月80万というのは年1000万程度ということで、普通1年半頃の基準数字になるのです。
1年で半分以上がふるい落とされるこの世界で、1年半生き残らないと達成できない数字。道のりは険しくもあるのですが、それ以前に「1年半」ってまず単純に、長い。
ツタヤも正直生き残る自信くらいはありますが、歩合が16万になるまでに1年半もかかるとしたら、萎えます。
(一応ツタヤだって結婚適齢期のオトコです。悠長に構えてられません。)

おまけに経費は自腹。交通費や飲食費、DM撒くのも自腹。
月40万稼いでも、法人ではなく個人代理店なので税金が先に引かれる上、そこから経費を差し引くと、残るお金って25万くらいあるかどうかってとこなんですよね。

実際ツタヤと同じ職場の方は、実家暮らしか、夫婦共働きでした。お金が苦しいのは間違いないと思います。

加えて…
今だけでなく、将来的にも儲からない気がしたことです。
具体的には、損保業界の衰退です。

損保会社の収益の大半は自動車保険なのですが、最近では自動車台数の減少とネット損保の台頭で、損保会社の収益は悪化しております。
最近も各会社が合併したですとか、内部留保していた株を売り払ったですとか、(一時的なものを含め)収益の改善を図る試みがたくさんなされているのも頷けました。

何より、ツタヤたち損保代理店候補生の言われる合言葉は「生保を売れ」。
この言葉に、損保業界の行く末を感じ取れました。

かと言って、損保屋さんが生保を売るメリットは何なのでしょう?
今では外資系生保会社や、自らの子会社である損保系生保会社がガッツリと生保に特化したコンサルをやっています。一方で何十社に渡って乗り合いをしている全国規模の代理店(ほけんの窓口とか)も勢力を増しています。

損保屋が生保売るメリット…両方売れるくらいではないでしょうか。
しかし現在損保屋の大半は収益を人間関係で挙げており、今さら生保のコンサルなど出来ず売れずに困っているようです。
一方で代理店候補生に生保を勉強する暇などなく、大半の候補生は申し訳程度に医療保険やガン保険を売る程度です。
生・損保両方を売れる代理店になろうと思ったら、コンサルやってる生保会社で経験積んだ後損保会社の代理店候補生になる他は、かなり難しいと言わざるを得ません。

かと言って、生保単独でやれば単年の手数料は相当に上がりますが、損保と違って更新がないため、手数料は契約初期以外はほとんどない、もしくは0です。
「新規を取り続けなければ生きて行けない」の言葉の表現するところです。
ツタヤもどちらかと言うと内向的な人間です。生保単独でやっていくには、人脈が十分かは不安なとこでした。

※ちなみにこうやってブログ書く人はだいたい内向的です。エネルギーの矛先が文書ということで、内へ内へ行ってるので。

※さらにちなむと、代理店候補生が卒業して損保の個人代理店になると、固定給はもちろん消滅する上、歩合のパーセンテージも多くのケースで一層下がります。残酷!

・・・・・・・・・・

とは言え、まぁ一応ツタヤはFPや社労士の勉強していた他、プーの時生保も独学で勉強していたので、知識面では一般の方よりは多分有利でした。トークも、MR経験者だけあって、そこまで苦しくもありませんでした。
実際損保だろうが生保だろうが、テストやロープレはだいたい上位につけていました。
その点で、くそ必死ににやればそれなりにやれる自信はあったのですが…

周囲の人間関係にやられました。これが2つ目のきっかけです。

ツタヤの紹介元の代理店は、会社の中でも相当な売上、そしてプレゼンスのある代理店でした。
社長と役員、他事務員の3名の会社でしたが、社長は営業の神様的な人、役員も社長を戦略面でバックアップする傍ら自らも相当に売り上げる人で、しかも2人とも細かいところまでよく気がつく。息もピッタリ。文字通り最強コンビでした。

2人とも業界を20年以上生きてきたアラフィフ世代。
自らに相当な自信がある上に…頭が固くなっていました。

こんなお2人がツタヤを某損保会社に修行に出させたところ、大変なことになりました。
損保会社の研修プログラムを軽視してツタヤにいろいろ指示出してくるわ、「研修生と俺らどっちが経験長いと思う」など言われるわ、毎週3~4時間怒られるわ…
ツタヤの主観は置いといて、損保会社側も代理店の干渉を非常に問題視し始めました。

別に代理店側がツタヤにお金払って自分の会社で育成するなら、文句はありません。
でも、ツタヤの給料(安いですが)は損保会社の方から出てます。おまけに代理店から損保会社にお金が流れているわけでもなければ、ツタヤにお客様を紹介してくれているわけでもありません。
経済的負担を、背負っていないんです。

金は出さないのに、口は出す。
こりゃ損保会社としても非常に迷惑な話だと思います。

しかし損保会社としてもツタヤがその代理店に入るという前提でツタヤを雇っています。その前提がなくなれば、解雇です。

そんな代理店と損保会社に挟まれていたツタヤですが、いわゆる「上手く振る舞う」のは極めて困難でした。
ツタヤもMR時代にいろいろ振る舞いは覚えたのですが、保険業界の人間はとにかく細かい!細かく聞いてくる!
嘘で取り繕うことなど出来ませんでした。
特に、細かく気の届く代理店のお2人の前では。
おまけに保険業界の人間は、プライドが高い。自分の言い分が正しいということに疑いを殆ど持っていない。まぁ、日頃から約款とか正確に覚えなきゃいけないしね。

そんなわけで、2者の間を取ることは事実上不可能で、両立させるためには週7日フル仕事になりました。けど、それくらいの長時間労働でも追い付きませんでした。
2者に双方と調整取るようお願いしても、特に代理店が頑固で歩み寄る気配なし。

最終的には、代理店からは「損保会社の言うことなんかに従うバカ野郎」、損保会社からも「代理店の異常な干渉に振り回される可哀想な奴」というレッテルを貼られていました。

「収入の不安」「人間関係のしがらみ」
現職に対する2つの不安が、その後「独立は無理」と思うきっかけになりました。

・・・・・・・・・・

以上、既にかなり長くなってしまいましたが、きっかけです。

これらきっかけがあり、
「MR時代の半分の給料で、MR時代以上に働いて、何やってんだろ自分…」
って、よく思いました。

少なくとも代理店はもう信用出来ない。
けど、代理店と縁切るなら損保会社のにも居られない。
居るためにはこんなモチベーションの中でも基準数字を達成させなきゃいけない。
でも、達成したら今の板挟みの状況がまた次の更新までは続くよね?

そんな中でさらに思ったのが
「お客様が多くできたら、もう逃げ場がなくなるよね?」
ということ。

お客様は、利益をくださる「資産」であると同時に、サービスを提供し続けなければならない「負債」じゃん。
なんて。

正直、この考え方自体に間違いはないと思います。
「資産」って面と「負債」って面、どちらが目立って見えるかは当人のモチベーション次第だと思います。

ただ、自分は「お客様を一生フォロー?あり得ない!」と思ってしまいました。
独立するために、そうまでしなきゃいけないの?と。
自分には、そこまでしてやっていくために必要な「やる理由」がない。

独立するということは、会社の看板に頼らず自分の看板で生きていくこと。出来たお客様は、同じ会社の看板を背負った他の誰かではなく、一生自分がサポートしていかなければいけない。
言い換えれば、お客様を「背負う」…でも、その決意だとか覚悟の元となる「やる理由」は、自分にはありませんでした。

お客様に束縛されながらも「資産」として捉えるだけの「やる理由」、苦境を耐え抜けるだけの「やる理由」。
仮に能力が高かったとしても、「やる理由」がない人に独立なんか出来る訳がない。
そう直感し、独立を諦めることと致しました。

※「やる理由」については、次エントリ 自分にないもの ~ボクハ負ケ犬~ でさらに突っ込んで書きます。

・・・・・・・・・・

「やる理由」がなくて、独立を諦めた自分。
独立目的で入った保険業界。
当然、保険業界でやっていくための「やる理由」もなくなりました。

元々ツタヤの周りには、外資系生保の営業マンさんを中心に、優秀な方がいっぱいいます。
そんな方々を見て、この業界に飛び込む前に学んだのが「保険は入り口より出口が大切」。
ちゃんと保険金が支払われなければ、保険なんか意味がない。
そのためには、担当者がしっかりと保険金を届けないといけない。

対して、自分はどうか?
売ることは、多分出来ました。
でも、将来に渡って保険金をちゃんとお届け出来るか?

多分、出来ない。

元々家計に関するところで独立してみたいと思って、そして家計の多くを占める保険について体で覚えたいと思って始めた今回の仕事。
想像通り、大変な仕事です。そして独立を諦めてしまった今、2つのきっかけでもあった収入の不安や人間関係のしがらみに耐えながら、今後出来るであろうお客様のフォローを生涯に渡って続けていくだけの「やる理由」は、もはやありませんでした。
完全に心が折れました。

そんな訳で転職を考え出したのですが…
転職の際の履歴書が悪くならないようにするだけの目的で、3ヶ月ごとの更新基準を満たすために、自分の大切な友人・知人に、自分がフォローすることのなくなる保険に「お願い!」って言って入れるようなことを自分が出来るか考えました。

頼まれても出来ませんでした。

数字を引っ張ってこれない営業マンは、会社には必要ない。
だったら、一刻も辞めるのが、自分のためであり、会社のため、世間様のためだと思いました。

そして今月辞めることにしました。

・・・・・・・・・・

独立をしようと去年の9月に前の製薬会社を辞めて以来、本当に多くの方と会い、多くのことを考えられました。
その挙げ句が「やる理由」が見つからない、独立は無理だったということで、自分の完全な負けです。
でも、挑戦してみたことに悔いはありません。

また、4ヶ月(バイト入れると8ヶ月か)でしたが、保険って本当に大切なものであると同時に、扱ってて面白いものでした。
損保会社の研修制度は代理店主導で気づいたら飛び込ん参加していたようなものでしたが、本当に多くのものを得られたと思います。
この仕事をして、本当によかった。心からそう思えます。

でも今後は、新たな「やる理由」が見つからない限り、もう独立も試みませんし、保険業界にも戻りません。お客様のためにも、自分のためにも。

今度はプー太郎再開、しかも去年のような「独立したい」って前向きな理由ではなく、完全に負け組的なプー太郎になってしまいますが、しっかり1つ腰を据えて仕事をすることを念頭に、仕事を探し直そうと思います。

来月28の誕生日を控え、もうあまり無理したくなくなってしまったのかもしれません。
勝つまでやり続けるより、敢えて負けて逃げ出す方が幸せに見えてしまいました。

不甲斐ない結果となり、本当に申し訳ございませんでした。
負け犬ツタヤではございますが、今後ともお付き合い頂けましたら幸甚です。


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2012.07.24 / Top↑
お久しぶりですツタヤでございます。

当方、以前雇用保険の「就業手当」をもらおうと、渋谷のハローワーク相手に審査請求をしていたのですが、その結果が出たので、お伝えします。

結果から言うと、かなり曲がった理屈で棄却されました(ToT)

・・・・・・・・・・

って、久々の話題を急にぶり返しても「??」となってしまうと思いますので、まずは時系列で整理しますと…

2012.1末 アルバイトしていたことを理由に、就業手当不支給処分
(詳細は過去ログ プー太郎日記4 失業手当がもらえない!? まで)

2012.2 このことを東京労働局の雇用保険審査官に電話で相談。審査を進めるため、審査官よりハローワークに決定内容の明文化などの指示あり、同3.14 明文化された決定文書をもとに、審査の手続き開始
(同じく詳細は過去ログ プー太郎日記6 失業手当がもらえない!?その2 まで)

2012.3後半 立会審査に向け、(自ら)意見文書作製

2012.5.18 立会審査

2012.7.4 (不支給)決定

となっております。

3月前半、審査請求を上げたまでの流れは過去ログに詳細は譲ります。
で、その後まず意見文をA4用紙にパソコンでいろいろ打ち込んで作ったのですが…
これ、本来士業の先生に頼むべき内容じゃないか?
と思うくらい、めんどくさいものでした。司法書士さんか社労士さんあたりに。
雇用保険法の分厚い法律書の片隅に書いてあるようなことを(ネットでですが)引っ張り出して、ウンウン唸って考えて、意見文書に応用したりして。
相手はハローワークの職員。こちらも相当な理論武装が必要な気がして、とにかく勉強しました。

・・・・・・・・・・

そして迎えた5.18立会審査。
東京労働局の会議室に、相手側渋谷ハロワの3名と、労働局の雇用保険審査官2名、そして外部からの専門家4名と、ツタヤ(1名)。

事実確認という点では、ハロワとツタヤの間には全くと言っていいほど相違はありませんでした。
あとは双方の解釈の違い。
ツタヤはその辺りの法律や制度、雇用保険制度の目的などきっちり調べたので、それなりに戦えると踏んでいました。

結果、言い合いは完全に平行線だったのですが、審査の場にいた審査官2名、専門家4名全員が、ツタヤ側でした。
と言うのも、途中から彼らの質問の大半がハロワ側への懐疑的な内容になっていたからです。
うち専門家1名に関しては「雇用契約書を見る限り、決して1年以上の雇用が確実とは言えないと思うんですけどねぇ…」(←バイトの雇用契約書。不安定な雇用のため、就業手当は支払われるべき)と、完全にツタヤと同意見。ふふっ

つまり、立会審査が終わった時点ではツタヤ圧勝な空気。
「審査の決定は1ヶ月ほどで出る予定です」とのことでしたが、これだけ明らかにツタヤの正当性が支持される状況なら、ちゃんと1ヶ月で予定通り支給されるだろうと踏んでいました。

・・・・・・・・・・

ところが、1ヶ月経った6.18頃になっても、何も来ない。
さらに1週間経った6.25になっても、まだ来ない。
雲行きが、怪しい…

審査請求から3ヶ月経っても決定が出ない場合、今度は雇用保険審査会(審査官の上位組織で、こちらは日本に1つだけ)に「再審査請求」を出せることになっており、ツタヤの場合その3ヶ月の境目は6/14でした。
堪り兼ねて7/3に再審査していいかどうか担当の審査官に聞いたところ「あぁ、明日にも発送しますんで!」と。

で、届いた決定文書を開けたら「不支給」と。

その決定文書に書いてあることが、理路整然とまとまったものであれば、ツタヤもスッキリしていたでしょう。
しかし内容として書かれていたことは、完全にロジックが破綻していた上に、「独自の解釈を述べないで、事前にハロワに相談すべきであった」と。

ハロワ発行の誤った文書で誤った確信が引き起こされたってのに、「分かんなかったら事前に聞け」?
どれだけ人をバカにしとんねん!!!

※ちなみに「分かんなかったら事前に聞いとけよ」というは説教は、ツタヤが公私問わず最も嫌いな説教です。
こっちはいつだって一定の確信を持って動いてんじゃい!誤った確信を与えたのは誰だ!責任逃れすんな!って反抗したくなります。


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雇用保険審査官の方は皆様とても丁寧に対応してくださいましたし、少なくとも立会審査の場ではツタヤの正当性が認められたと思っております。
でも、結果的には結論ありきのデキレースだった気がします。
そりゃ厚労省の下部の兄弟組織みたいなものですもんね。お互いの職員同士面識まであるし。
そんなことに気づかないアタシがバカでしたよ。

どうせ再審査上げても同じ結果になる。でも、その後弁護士立てて法廷の場まで持ってくお金はない。
ってことで、再審査請求はしないことと致しました。

万事休す。ツタヤの負けです

そんなわけで皆様。
ハローワークからお金をもらうときは、是非とも事前に、相談しすぎなほどにハローワーク職員に連絡をしましょう!
相手は難癖つけて払わない腹づもりです。なら、どういう条件ならどれだけ払ってもらえるか、退職前からハロワの逃げ場を防がなきゃです!!

この愚かな体験談が、せめて退職前後の経済的不安定で悩む誰かのお役に立ちますように…
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2012.07.15 / Top↑
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