(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

ツタヤには、去年の同じ時期にMRを辞め、そして保険屋仲間でもあった友人がいます。

彼女はMRを辞めた後、半年プーしてたツタヤとは違い、すぐに某外資系の生保会社で働き出しました。
よくお互いの近況とか、やりたいこととか、考えとかを語ったのですが、彼女の保険にかける情熱は熱く、しかもでっかい夢を持っていて、その実現のために頑張っていて。会うたびインスパイアされてました。

ですが、ツタヤが7月に独立諦め保険も辞めてから2ヶ月。
先月末、彼女も1年と1ヶ月勤めた保険業界を離れました。

知らせを聞いた後、リアルに涙が出ました。
ツタヤのメインの目的だったのは独立、対し彼女は純粋に「保険」って概念に共感し頑張ってた部分も大きいため、目的に若干差はあるのですが。
でも「心の中の大切なものを諦めた」という点は同じだと思うんですよね。
2ヶ月前の心の痛みがつい思い出されて、自然と心が痛くなってしまいました。

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って、別に自分に関係あることではなかったのですが。この1件で、本当によく考えました。
自分って存在が、今後どうあるべきかって。

夢だとか目標だとか、そういう心の中で大切にしているものを断念する時の気持ちは、多分人が経験する心の痛みの中でも相当上位にくるものではないかと思います。
とりあえず、言葉になりません。というか、言葉が出ないんですよ。
悔しさ虚無感や喪失感だとか、自己疑念や自己嫌悪まで入って。あらゆる負の感情を1つの壺に押し込んでかき混ぜて圧縮したような、そんな気持ちが心を支配して、思考停止に近いボーゼンとした状態になっちゃうんですよね。
なので言葉を紡ぎたくても、どんな言葉をあてがっていいのか分からなくなる。

ある意味理性の限界に迫っている感じなんですよ。気持ちの琴線が切れると、いつでも泣き叫べるような。そしていつまでも泣き叫べるような。狂ってしまうほどに。

個人的には、平均的な失恋の3~5倍はキツいと思います。
(異性と違って、しっくりくる夢や目標って、そんな見つけられるものでもない + 区切りをつけざるを得ないような夢や目標って、往々にして本気の夢や目標だったりするので)

それくらい痛いんですもん。
挫折してしまった人は沈みもしますし、斜め向きたくもなってしまうと思うんですよ。二度とそんな気持ちになりたくなくて。

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でも、だからって悲劇の主役してるようじゃ、結局その人自身の品位を下げちゃうだけなんですよね。
下とか斜め向いてしまったままじゃ、黙っててもマイナスオーラを他人に伝染させちゃうし。
ましてや仲間を作りたくて意図的に「ドリームキラー」になってしまうとかは最悪のパターンだと思います。

逆だと思うんですよね。
それだけ痛い経験なら、泣きべそ書きながら真正面から受け止めないといけないと思うんですよ。
そして、痛みを引きずりながら、十字架を背負いながら、前向いて生きてくしかないと。

って、「言うは易し」なんですけどね。

ただ、例えば人間って子供の頃はみんな何かしら夢持ってたと思うんですよ。学校の先生になりたいとか。
そういうこと思うと、人って本当は誰しもが元々前向きだったと思うんですね。
それが、思春期や青年期とかに人並みに傷ついていくと、中には多感な人が過度にネガティブになってしまったりとか…

逆に、今沈んでしまっていたり、もしくは斜め向いてしまっている人は、そうならざるを得ないような、本人にとって痛々しい出来事があったと思うんですよ。
…ってことを、多分挫折してあの痛い気持ちを経験した人なら、頭じゃなく心で分かると思うんですよ。ああいう辛い経験があれば、心が折れかねないって。

それって、後天的に宿った才能だと思うんですよね。
単に「うん、うん」って聞ける以上に「分かる!辛いんだろね(ToT)」って共感(むしろ共有?)出来たら、それだけで孤独感や無価値感とかが何十分の1にも軽減できると思うんです。

その上で、「あの時自分が前を向くために欲しかったもの」「立ち直るためにしたこと」だとかを思い出して提供することができたとするじゃないですか。酒だとか、新しい仕事だとか!もしくは単純に話を聞いて欲しいとか。
人って元々は前向きだから、そこでもし「負けないで」とか「一緒に頑張っていこう」とか心からの応援(むしろ願い)が伝われば、きっと前を向く力って戻ってくる気がするんですよ。

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人って弱いから、嬉しい時に一緒にワイワイしてくれる人と同じかそれ以上に、悲しい時に共感してくれる人を探してしまうと思うんですね。
なので、「成功した強い人」より「挫折を経験し、それでも前を向いてる優しい人」の方が、きっと世の中をより幸せに出来る。

挫折を経験した人って、同時にすんごい才能を手にしているって、言い切っても嘘じゃない。

挫折を乗り越えた人は、きっと下や斜めを向いてしまった人の心の隙間や、その隙間風が冷たすぎて痛いことを理解し、そこを前向きな暖かい何かで埋めていける。
もしそうやって多くの人の心のマイナスがプラスに変わって行ったら、きっとこの世の幸せの総量は上がるはずなんですよ。

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冒頭の友人は、直前に彼氏さんからされたプロポーズを受け、近いうちに四国に行くことを決めました。
今度もコントラクト営業をやるようですが、利発で優秀な人なので、もう何社か内定出ているようです。
まぁつまり、既にほとんど立ち上がってるってことですかね笑

今後彼女がバリバリ仕事を続けるのか、それとも家庭を築き守っていくのかは分からないですが、ツタヤが望むことは、今回の心の激痛を絶対忘れないで欲しいということ、その痛みをプラスの力に変えてしまうこと、そして多くの人にその前を向くための力を与えて欲しいということ。

ついでに言うと、それはツタヤ自身も同じ。
自分も曲がりなりに辛い体験して、共感できる幅ってかなり広がった気がするんですね。
独立諦めて辛かった・悔しかった気持ちは120%くらいまで食い尽くして、それで多くの人に少しでも前向きな力を還元出来たらと思います。

挫折した時の痛みは半端じゃないけど、それはきっと「心の成長痛」!
耐え切って思い切り成長してやる!この世をよりよくしてやる!

(今回ノーデコレーションですいませんm(__)m)
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2012.10.14 / Top↑
これは過去の恋愛の話になるのですが…

ハタチの時の冬、当時付き合っていた彼女と別れました。
2年くらい付き合っていたのですが、その頃にはだいぶツタヤに気を許していたようで、とにかくわがままで束縛されるようになったのですが…
ちょうど大学1年の期末テストの時期を控えてた時期で「来週はテストだから会えない、再来週にしてくれ」と言ったら「再来週は私がテストなの!」と。

おれのテストはいいんか!∑´Д`
で済ませてもいい話だった気もするのですが、その瞬間、別な直感が働いて、そのまま振ってしまいました。
「もう自分じゃ彼女を幸せにできない」って。

後々考えてみると「彼女が欲しかったのは、ツタヤではなく、彼氏というレッテルのついた存在」な気がしました。
寂しい。ずっと一緒にいてくれる人がいい。まぁ悪い表現すれば恋愛依存。対し、ツタヤは自分のやりたいことを優先したかった。彼女のことは本当に好きだったのですが、彼女の期待には答えられるキャパがない。
じゃあ、身を引くしかないじゃん、と。

実際その元カノはツタヤと別れて3日後くらいに、同棲してくれる彼氏を見つけ、現在結婚しているようです。

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そういえば、それ以外に浪人時代医者の夢諦めたのも「今、これ以上頑張れない」って直感。
大学院行かずMRとかなったのも「このまま流れで院行っても、狭い世界から出られない」という直感。
MRを辞めた時も「今のままぬるま湯に浸かってたら、牙が抜ける」という直感。
最近独立諦めたのも「今のまま仮に独立成功できても、将来的にモチベーションを失う」という直感。

地元のナイスな幼馴染の女友達に言わせると「(ツタヤは)先が見えると、やる気が無くなっちゃうんだよね

いやぁぁぁぁぁん∑´Д` 言い返せない…

とまぁ、ツタヤの場合何をするにしても「直感」が急にやってきて、結構サクッと終止符をうって来て今に至るんですよね。

けど、毎回それなりに覚悟してるつもりですよ?
そしてたまに痛い思いしてるんですよ? これでも・ω・
医学部諦めて夢なくなったし、うまくいってた元カノ振って7年半彼女いないし、MR辞めて金持ちでもなくなったし。
独立諦める時は、自分の欠点とか自分に出来ないことに真正面から向き合わなきゃいけなかったし。

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っていう、人生経験28年のまだまだ若輩(だよね?)で「そんなんで生意気言うな!」とも言われそうですが。

終止符をうつことって、相当な覚悟を要する。

今は良くない状態かもしれないけど、今後何かあるかもしれない。
逆に今は良い状態だけど、今後何が起こるか分からない。
こういうことって、ぶっちゃけ当事者はもうすでに頭では十分に分かってるはずなんですよ。

でも、やっぱり、腹くくろうってなると、怖くて怖くて仕方なくなると思うんですよね。
自分の選択が本当に正しいのかどうか不安で。もう戻れない道を進まなければいけなそうで。

終止符をうつってことは、大切な大切なものを自ら放棄するってこと。夢とか幸せとか。
終止符をうつ時には、身を引き裂かれるような、正気を保てなくなるような心の痛みが伴う。
もうほんと、泣き叫ばずにはいられない。

今よりも大切にしたいものが出来ない限り、終止符をうつことって、そういう事なんだと思います。

実際、彼氏を変える際にオーバーラップ期間を儲ける女性も多いですよね?
他にも、大学受験に何浪もしちゃう人とか、「こんな会社辞めてやる!」って言って辞めない人とか。

「継続は力なり」とか、やたら続けることの難しさがピックアップされがちですが
続けてきたものを止めることだって、すごく難しいんです!!

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繰り返しになりますが、「辞めたい」だとか「別れたい」だとか頻繁に繰り返す人がいても、その中で本当に辞めちゃった人や別れちゃった人がいたりすると、結構驚きませんか?

終止符をうつことがどれだけ大変かって、本当は心の奥底みんな分かってるはずなんです。

なのに、それだけの痛みをこらえて決断を下した人に対して「理解できない!」「馬鹿じゃねぇの?」とか平気で言える人が多いこと多いこと…

お前らが馬鹿だ!!!想像力欠けすぎ。
どうせてめーら大した人生の敗北経験もなく安定路線で生きてんだろ。
それか1回か2回痛みに打ちひしがれて、怯えて殻に閉じこもってんだろ。

と言いたくなります。

終止符をうつということは、もはや心の痛みのレベルとしては、親類を亡くすと同じくらいの痛みでしょう。
そんだけの痛みを自ら負うってことは、すごく勇気のいることなんです。

どんな小さなことであれ、身を引き裂く想いで1つ終止符をうった人のことは、尊重すべきなんです。
人のこの神聖な決断をする方がいるなら、ツタヤは全力で応援しますヽ(;▽;)ノ
この決断を冒涜する方がいるなら、ツタヤは全力で抗議します。


2012.09.09 / Top↑
ツタヤはMR時代、「個性的だけど、重大な欠点のある薬」を売るのが得意でした。

売り方としては、その欠点を敢えて全てさらけ出します。その上で、その欠点をカバーする方法もセットで示し、最後にその薬のメリットをもう1回改めて強調する、という方法でした。

お客様としても、欠点とその対処法をはっきりと把握できれば、「まぁそういう欠点はあるけど」とか思いながら、前向きに捉えてくださることもあったんですよね。

欠点があっても、その対処法を踏まえた上であれば、むしろ欠点がよく分からないものより安心できる。
それが、ツタヤの思っていたことでした。

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独立失敗して、自分に何がないのか、自分の欠点が何なのかが、はっきりしました。
(詳しくは前回エントリ 転職決定。そして今後の課題。

独立諦め、保険会社の最終出勤後は、ぶっちゃけみなとみらいの海を見ながら強めのチューハイ片手に1人で悔し涙していましたが笑
気付いた自分の欠落と、自分が負けたって事実を受け入れたら、かえって自分の上限値がどのあたりなのか、はっきりと把握することができて、逆に自信ついた気がしたんですよね。

去年MR辞めた時は、「自分に何が出来るのか、何が出来ないのか試したい」みたいな、どこか勝気で、でも不安も混じった気持ちだったのですが。
そんな去年と比べると、今は未確定要素が見当たらない状態。
つまり、自分の中で「分からない」≒「信じられない」って部分がない。

すごく今の自分に確信を持ててるんです。

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思うに、「自分に自信がない」とか「自己嫌悪」とか、傷つくことや自分と向き合うことを避けちゃって、自分や周りのことを「分かってない」から、そして「信じられない」から起こる悲劇かと。

いろーーーんな経験して、いろーーーんなことと真正面から向き合って、いろーーーんな辛いor悲しい思いを全て受け止めれば、人って自然に自分のことを信じられるようになると改めて思ったんですよね。今回。

人なんてみんな完全じゃない。で、欠けてるところも人それぞれ。
だったら、自分が他の誰かと比べて、「相対的に」劣ってるなんてこと、なかなかないと思うんですよ。

だったら「絶対的に」劣ってるかって話ですが、自分の価値なんて自分で決めていいものじゃないですか?
「言い値」ですよきっと。
でも自分の価値って他人から分かりやすいものばかりじゃないし、ちゃんとアピール出来なければ伝わらない。
そのためには、まず自分が誰よりも自分のことをちゃんと分からないといけない。

ツタヤの売ってた薬と一緒にするのは失礼ですが、見せ方だと思うんですよね。
欠点があったって、それを補う方法考えつつ、メリットをしっかり伸ばしていけば、ちゃんと周囲は評価してくれると思うんですよ。

むしろ欠点があっても、それを正確に認識してこそ、モノなり他人なり自分なりの真価を見極められるんじゃないでしょうか?
なんてことを、今回自分は失敗を通じて感じました。

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欠点があるからこそ輝く。
今後もいろいろ経験して、いろんな壁に当たりながら、弱みを受け入れ乗り越えて行けるようにしようと思います。


2012.09.07 / Top↑
どうしてもお腹が空いた。
なのに、食べたいものが浮かばない。街を探しても、コンビニの棚を見ても、ピンと来ない。

もしくは、恋人が欲しい。
なのに、誰と付き合いたいか浮かばない。合コンに行っても、紹介をもらっても、ピンと来ない。

こんな体験って、ありませんか?

ちなみにこんな時でも、例えば上のケースで「いつか食べたあのラーメンうまかったな」って思ったり、下のケースでは「あの人いいなぁ」とか思い始めると、急に具体的にイメージが膨らみ、欲望って強くなると思います。

ある欲望が起点となり、いろいろなことを考える。その中でピンとくる=イメージが浮かぶものを選ぶ。そうすることによって欲望は強化され、ふさわしい行動に出る。ってのが普通のサイクルかと思います。
でも、そういったピンとくる選択肢や手段などが全く分からず、「お腹すいたぁ」「恋人欲しいー」って段階で留まってしまうと、具体的なイメージが喚起されません。

この1年、ツタヤもそんな感じだったのかもしれません。
自分の目的は、この世界の幸せの総量を上げること…だったのですが、そのために何をすればいいのかイメージが湧きませんでした。
(下手したら、目的に沿わないまま保険屋として独立してしまうところでした。)

自分の失敗から鑑みるに、「やる理由」ってのは、極力はっきりとした欲望じゃないといけないということ。
「何か食べたい」「彼女欲しい」とかそんなレベルじゃなく「ラーメン食べたい」「あの人と付き合いたい」みたいな。そうしないと、道筋やシナリオなどをイメージできないと思うんですよね。
例えば「年収1000万欲しい!」ってのは具体的でわかりやすいので、これを心の奥底から思っていれば、「仕事内容は度外視だ!あの仕事に転職すれば、数年後に1000万だ!」とかいうイメージが起こったりして、意外と難しくはないものと思います。
ですが、ツタヤみたく「この世の幸せの総量を上げる」では「はぁ(゚Д゚≡゚Д゚)?」です。

残念ながら、ツタヤみたいに漠然とした欲望の持ち主は、成功できないと思います。
というのは、相応するイメージが浮かばないと思うからです。イメージが浮かばなければ、その欲望は補強されませんし、結局「やる理由」としてもかなり弱いものになってしまいます。

あなたの本当の目的は何ですか?それを満たすために何をするんですか?それは目的に合致しているんですか?
最低でもそれくらいははっきり答えられないようでは、「やる理由」としては不足どころか無いに等しいです。
よっぽど確実な既定路線の上を走って「成功するイメージ」を得ていない限り、きっと行く先はツタヤと同じです。
2012.08.05 / Top↑
独立するのを諦めた負け犬ツタヤです。ワン!
別に言い訳するつもりはありません。今回の失敗は失敗として受け入れ、未来に活かすのみです。

ただ、自分の中で消化して「はい、終わり」ってするには、少しもったいない気もしました。というのは、このような挑戦をしてみる人って、実際そう多くはないと思うからです。
こういった試みを簡単に成功させた人では、どうすれば失敗を避けることができるのかを理解できてない場合もあると思います。その点では、実際に失敗した人が「自分はこうだったから失敗した」と自省することは、今後独立を志される方にとって何らかの参考になるかと考えられました。

なので、本来言い訳をすることは見苦しいことなのかもしれませんが、もし自分の失敗談がこの世界の誰かにとって役に立つなら…そう思って、キーボードを叩くこととしました。

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で、何が足りなかったかと言いますと、「イメージ」です。

よく独立して成功しているケースというのは、例えば美容師さんが元々いた美容院でのお客様を引き連れて独立した、ですとか、開業医さんが病院勤務時代からの患者様を引き連れて独立した、というケース。
また、とあるラーメン屋で修行していた人が、暖簾分けやそれに近い形で独立するケース。

共通しているのは、既に成功している場所で、成功しているパターンを模倣していること。

「模倣」とは言いましたが、これだってとてつもなく難しいことだと思いますし、本腰を入れて模倣を行う方をツタヤは尊敬します。ですが、模倣の是非についてはここではこの程度の言及に留めます。
肝心なのは、こうすることによって、本業となる技術面や接客術などを真似たり、また、どれくらいのサービスを提供すればどれくらいの利益が出るといった感覚を学ぶなど、「イメージ」を頭と体に刻んでいるということです。

別に既存のものの模倣でなくても構わないと思います。
どういったサービスを、どれだけ提供することによって、どれくらいの利益が出るのか。
実際に提供するにあたって、どこからお客様を引っ張ってこれるのか。
それに対し、どれくらいの投資が必要なのか。どれくらいの時間が必要なのか。
そして、どれだけのお客様をリピーター化出来るか。もしくはどれだけのお客様から継続的に利益を得られるか。
こういったイメージをどれだけ描けているかが決め手になると思います。

これらのことについて、ズブの素人が「やってみなきゃ分からない」では、成功確率は残念ながら相当に低い。
というのも、これらのイメージを十分に抱けるようになるまでは、それだけの時間がかかり、さらにお金がかかる。そしてやっと何かイメージを得られる頃には、取り返しのつかない時間とお金を失っている、なんてことになりかねない。

…ということを、ツタヤは身をもって学びました。
限りある人生の中で、幸せを最大限に得ようとすれば、無茶をするために費やせる時間やお金は自ずと限られる。例えばツタヤの場合、30歳までに安定した収入と時間的ゆとりが欲しかったのですが、それを考えると今のペースでは無理だ、というイメージが逆に浮かんでしまったので断念しました。

「これをしたら、お客様がこれくらい喜ぶだろうな」では決して足りることのないイメージ。
独立のために一歩踏み出す前に、実際独立して成功するイメージを「いつまでに」「どれくらい」ってレベルで持つこと。これをどれだけができるかってことがポイントになってくると思います。

ちなみに、そんなわけでツタヤは週末独立だとか企業内独立などはやっぱりすごくいいと思います。「覚悟が」「決意が」なんて反対論はありますが、実際やってみてイメージを掴んでいけるメリットは大きいと思います。
そして単独の事業として採算が十分に見合うようになれば、拡大して1つの事業として開始させられれば、それってすごく手堅く独立出来る方法の1つだと思います。

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でも、それがない場合でも成功するケースだってもちろん多いと思います。
模倣ではなく全然新しい事業を0から作った場合ですとか。

そういった人たちにことごとく共通しているのは「やる理由」を持っていることだと思います。
それがあったからこそ、途中で何か「見えた!」って感覚を得られた。つまりイメージを持てたんだと思います。

お金が欲しい。
女にモテたい。
自分の名をこの世界に轟かせたい。
人様のお役に立ちたい。

独立をすることによって自分が得たいものは何なのか?
もしくは、そもそも独立するメリットって何なのか?

独立しようっていうその自分の想いを「なんで?なんで?」って自問自答して因数分解していくと、どこかでこれ以上分解のしようもない気持ちが必ず現れるはずです。
そんな心の奥底にある、いかんとも理由のつけようのない、どうしようもない感情的欲望。
「絶対に○○してやる!!!」こういった「やる理由」を、必ずと言っていいほど皆持っているでしょう。

全く見ず知らずのこと、自分の明るくないことを0からやっていくには、絶対に困難な局面が連発します。
そんな時、起業家だって人間なんですから、必ず弱い自分がやってきて「もう辞めようぜ♪」って悪魔の囁きをします。
そんな時に「負けてたまるか」ってどれだけ言えるのか?ってのは、「やる理由」の大小しだいです。
マイナスな感情を打ち砕くのはプラスの感情。欲望はいつだって小さな欲望を大きな欲望が飲み込むようにできているので、どんな理由であれ「やる理由」が絶大であれば、弱い自分の悪魔の囁きはそよ風同然です。

だから、はっきりとしたイメージを得られるまで続けられたんだと思います。

…ということを、ツタヤは自分が折れてしまった時に気づきました。
自分の思いは「独立…してみたい、なぁ~」という程度。吹きすさぶ後ろ向きな風に対する「やる理由」という添え木としては不十分だった。なので簡単にポキリと折れてしまいました。「やーめた♪」って。
自分のように「やる理由」によって精神的に図太くなることのできない、いわゆる「線の細い」人では、独立は絶対に無理です。

ちなみに、話が変わるかもしれませんが「言い聞かせる」という行為がツタヤは大嫌いです。
いろいろ頭で考え、理屈をこね、自分の気持ちを過大に見せかける、もしくは自分に嘘をつく。自分の本心を他人にはおろか自分にまで錯覚させて、幸せになれるわけがないと思います。
でも、こういった「やる理由」を持つ場合には、ふんだんに自分を言い聞かせる行為も必要なのかもしれません。

※経営者や政治家の中に、不自然に熱のこもった人がたまに見られると思いますが。彼らは往々にして自分に対する「言い聞かせ」行為をしているものと考えられます。
こう言う人の顛末は、目的を十分に果たした瞬間自分を見失って、燃え尽き症候群です。

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…と、独立を成功させるには「イメージ」が必要で、それがない場合でも最低「やる理由」は必要と記しました。

正直今回の内容は 自分にないもの ~ボクハ負ケ犬~ の内容と思い切り重複しているかもしれませんが、独立されたい方へ応援の意味も込めてリライトしてみました。

頭の中のキャンバスは、未来の設計図です。
そこにイメージが何もなければ、何も作り出すことなんてできません。

この時代に独立するのは大変だと思います。
でも、この時代だからこそ独立することに意義があると思います。
独立を志す方々にとって、是非ツタヤの失敗談が何かの形で活かされるようでしたら本望です。


2012.08.05 / Top↑