(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
ツタヤ@おバカ時々哲学。
って天気予報か!って感じですね。

今回、突然タイトルのようなエントリを書いてみようと思いました。
そういえば、自分が営業をやめて、でも営業には魅力を感じ、でも営業には戻りたくないと思ってるいろいろ。

って長くなりそうだから、最近の仕事でのモニ報書くときみたいな記載方法で要点だけ先にまとめると…

【営業職に対するツタヤの見解】
<長所> 人間力あふれる人が多い
<短所> 結局世界をよくできるかどうかは製品次第
<所感> ところで他の職業って、営業ほど人間力ある人いないよな

って感じで。


くわぁーーー!!つまんねぇ!!
いやツタヤ、正直報告書って好きになれないんですよ。
MR時代の日報もこのブログも「いかに情景が思い浮かぶか」「いかに感情や感覚が伝わるか」を意識して書いてまして、エモーショナルな文章はブロガーツタヤの基本ってか、一番大切にしたい概念なんですね!でも報告書ってこの対極の概念を行くもんですし。
…まぁ、嫌いで苦手だったからこそ「克服すべきもの」として現在頑張っておりますが。

・・・・・・・・・・

余談が長くてすみませんorz
早速ツタヤの思う営業職の長所「人間力あふれる人が多い」って点いきます!

営業職って、やっぱまず営業マンが信用されているか好かれているか、とにかく何らかの形で最初に人として評価されてないと、その後商品を買っていただくことって難しいと思うんですよ。
能力自体だったり、キャラだったり、人柄だったり。
でも、仕事中だけ魅力的な人演じてる人もいるとは思うんですが、やっぱそうじゃなく、普段の場合も含めた「人間力」自体が高めな人も多いと。

それを思ったのが、つい先日でした。
ツタヤが今から5年前(25才と半年ほど←当ブログ開始前)、ちょうど最初に転職を考えだした頃、折よく声をかけていただいた某外資系生命保険会社の営業マネージャーが、出世して支店長クラスになったということで、お会いしてきた時のことです。

お会いしたのは5年ぶりだったのですが、うーん、なんなんでしょう。
支店を経営していく中での心がけのきめ細やかさ・徹底度合いが半端ないっていうか…
って言っても伝わらないと思うので、例えを2つ下に出すと

・京セラ稲盛さんがJALを立て直したのは、社員の意識改革だった
・森信三先生「時を守り、場を清め、礼を正す」

みたいな。そういう人として当たり前のことに対する、当たり前とは思えないほどの徹底ぶり。

でも、ツタヤが思うに。
こういうことを強く心がけられるかどうかって、(特に営業の場合)どれだけ苦労して仕事をしてきたか、どれだけ辛い思いしてきたかと結構比例する気がするんですよ。
本当に辛い局面で、自分の中の甘えとか気を抜いちゃう部分とかを排し、いかに克己的に「良い自分」であれるか。
みたいな。

営業職って数字が足りなかったり辛い局面でも、相手に勝つため、自分に勝つため、結果出すためにいろいろ乗り越えなきゃいけない瞬間があって。
で、乗り越えられた時もあって、乗り越えられなかった時もあって。
真剣に仕事をすればするほど、そういうプロセスや結果の中で、人を見る力だったり、自分に対する厳しさ、人に対する優しさ(時に厳しさ)が結構自然に備わっていくと思うんですよ。

簡単に言えば、人間力養うにはぴったりな職業なんかなって。軽いまとめだなΣ(^o^;)

・・・・・・・・・・

でも、その一方で短所「結局世界をよくできるかは製品次第」。

これがツタヤが営業をやめた一番の理由。ってことを今にして思えます。
この意見は、ツタヤ以外の世界の全員が否定しても絶対に曲げる気はありません。
※ちなみにMRでは「いい薬は売らなくても売れる」って言葉があります。

営業もマーケティングも、ツタヤの中では価値の最大化ではないと思うんですよね。
どっちかって言うと、価値の最速の最大化、あと最大値の維持。
もしくは、最大値を超えるための作為的行為。

競合商品がいくつもあれば、結局商品力の差だけでマーケットの占拠割合の「収束値」はある程度決まると思うんですよ。
あとは先行特権というか、先に売ってデファクトスタンダードをつくってしまうか。
そこに営業力をきかせて、あるべき収束値から一定の割合で人為的に占拠割合を変えることは出来ますし、メーカーによってはそのわずかに占拠割合が多くなった分生じた収益で食べて行けちゃうところもあるんでしょうけど…

でも、それってまさに、製品の押し売りのことだと思うんですよ。
別にメリットのない消費者に押し売りして、ありがとうの意味が希薄な対価を得るみたいな。

もしくは、作為的行為を超えた、倫理的犯罪。
商品を過剰に良く見せて、マーケットの占拠割合を変な形で収束させてしまうこと←薬でいうディオバン騒動みたいな

自社製品に対する、この世界に対するあふれる思いで営業の仕事を出来るとしたら、それってすごくやりがいに満ちた仕事だと思うんですよ。
目の前のお客様から受け入れられ、製品を買っていただき、ありがとうの対価としての収入を得て、そして世界がいい方向に変わっていけば、働いてる方としても幸せだと。

でも、多分無理です。
製品に関しては自社製品よりいい製品がいずれ出てしまうわけですし。
営業がどれだけ頑張っても、まっとうにやる限りは最速の最大化か最大値の維持くらいしかできないと思います。

そして、それが営業職の、職業としての限界だと思います。

・・・・・・・・・・

でも、そうやって営業外れたツタヤが、営業以外の場を見て思うのが、
人間力あふれる人って意外と少ねぇ!!ってこと。

いや、そんな人間力を発揮したり、あと鍛錬できる場面がなかなかないってのはありますけど!
それにしても、何かもったいないんですよね!
この世の中には人様の役に立つ仕事がごまんとあふれかえって、いろんな人がいろんな人と一緒に仕事をしてる訳じゃないですか。
でも、人は人で磨かれるってのに、そういう磨かれる場とか、磨く側の人が少ないとしたら。

っていうツタヤ自身も、多分今では結構さびれてる部分があると思います。
目の前の仕事にとらわれがちになって、自分に対して、周囲に対してどこか気が及んでいないところが。
社会人入ってからも、結構いろんな体験してるはずなのに、どこか忘れてるところが。

今年になって、仕事が忙しくなったり、後進の方の指導的なことをするようになってから、いいタイミングで5年ぶりの人間的刺激を得られたと思いました。
今自分が何を出来るか、どんな自分であれるか。
独立を諦めた3年前頃からどこか思考停止気味だった頭と心を、折をみて少しずつ前へ前へ進めるよう回していけたらと思いました。


P.S. ちなみにその外資系生命保険会社、過去のエントリでツタヤが批判した会社です。
   (個人レベルでは、本当に尊敬できる人もいる会社なんです。)
P.S.2 そういえば、最近ある親しい方から、将来的に人事職なんてどう?と言われました。
   (意外でしたが、面白そうな気もして否定せず。そういえば、今後のためのひとつ参考に出来るかも・・・?)

スポンサーサイト
2015.05.04 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。