(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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別にこのブログの読者様は、ツタヤの近況報告が目的ではないよな??
と分かっているのですが、本日も時間にゆとりある時間がつくれたので、
備忘録を兼ね、ご報告させてください。

今月18日、
子供が産まれました。

繰り返します。
子供が産まれました産んだのは妻ですが

・・・・・・・・・・

一昨年12月に知り合い、昨年1月に付き合って、3月にプロポーズして。
でも6月にはツタヤが異動することは、もう1月の時点で分かっていて。
お互い子供は欲しいよねって話は付き合った頃からしていたので、
まぁ何というか6月以降は物理的距離ができる以上、そう簡単に子供をつくるなんて無理だよね?
って話には、プロポーズする前後くらいからなってました。

そうこうしていて5月末。
ツタヤ異動直前、当時の婚約中の彼女(現在の妻)の妊娠が発覚。
本当は手放しで喜びたかったのですが、実際は苦労とかやるせない想いの連続でした。

5月下旬で、6週目。
ってことで、ツタヤが異動した6月上旬から一般に悪阻が悪化する時期だと思うのですが、
実際6月に入った後の妻の悪阻がひどく、首都圏の朝の通勤や8時間以上の労働に耐えられるような状況ではありませんでした。
入院まではギリギリ避けられたのですが、医者に連絡カード(※)を書いてもらったりもしました。

婚約中の彼女がこんな状況なのに、近くで支えることすら出来ない。
せめてちゃんと、苦しい苦しいって連絡がくるのをすぐ対応したかったのですが、
ツタヤ自身仕事が忙しく、昼休みか夜の10時を過ぎなきゃ返信さえ出来ない。
軽々しく子供が欲しいなんて望んだ自分を、本気で悔やみました。

せめて土日、一緒に過ごすことが出来れば。
そう考えて、終わらない仕事を毎週持ち帰り、東京で彼女の横でパソコンを叩いていました。

・・・・・・・・・・

そんな中、6月中頃、ツタヤ夫婦も結婚式しとく?という話が出ました。
いやツタヤ夫婦はあんまり結婚式にお金をかけたくなかったのですが、特にツタヤ両親からの希望があり、
さらに調べてみると、両家だけの結婚式なら土日でも安く済むようだったので、日付次第でやれたらやろうと。
そして日付を見てみると…

あ、10月も11月も人気なシーズンだしね。9月もか。
12月?臨月近くでお腹膨れてるから却下だね。
え?8月空いてる?んー暑いけど、その時には安定期かも??

ということで、初回打ち合わせから2ヶ月で結婚式実施
打ち合わせ回数も確か3回・3時間くらい!うち1回は衣装合わせ!
こんな短期間で結婚式進める夫婦もなかなか少ないと思います両家だけだったし

そんな感じで、妻の悪阻も7月末頃にはだいぶ落ち着き、そこから9月の中頃までは落ち着いてたと思います。
※ツタヤの仕事は落ち着かない

・・・・・・・・・・

でも9月後半頃だったでしょうか。
悪阻がなくなったと思ったら、今度は胎動が本格化。
実際は8月下旬、安定期入った後くらいから胎動自体はあったものの、この頃からお腹をボコボコやられ、夜も寝にくい状況に。
隣で寝てて、妻のお腹越しにお腹の子が蹴ってきて、何度もツタヤも起こされました。
妻が苦痛なく妊婦生活を楽しめた期間って、本当に短かった気がします。

ただ、悪阻ほど仕事に支障をきたすことはなく、ツタヤの希望もあり妻は11月の頭に産休に入りました。
そこから先は妻も家を引き払い、しばらくの間、ツタヤ異動先で一緒に暮らしました。
ツタヤの仕事はまだまだ落ち着いておりませんでしたが、
平日夜無理やり上がって紅葉を見に行ったり、一緒に夕食を食べたり、夫婦っぽい時間が少しは持てたと思います。

・・・・・・・・・・

そして12月以降。
妻は関東某県の実家に帰り、また別居婚。
なんですが、胎動激化に加え、年末からは夜中中心に前駆陣痛も始まり、
おそらく悪阻の時期かそれ以上に眠れない日々が続いたかと思います。

そうやって不安定なタイミングに、まだツタヤの仕事は落ち着かない!
夜の10時を過ぎてやっと連絡がとれるとか、土日に義実家に顔出してもパソコン叩きっぱなしとか…
ほんと、ツタヤ、妻の前で仕事ばっかじゃん!そこにいるだけで何も出来てない!

この頃には、正直もう仕事の疲労に精神的限界寸前でした。
でもツタヤ、立ち合い希望だったんですね。
だから、最悪数日休んでもリカバーできるくらいの余裕を残しておきたいって思って、
結局、年末年始の休みは毎日義実家で妻の横でパソコンを叩いていました。

年が明けてからは、片頭痛再発に風邪、いろいろ体に変調が現れました。
もうそろそろ、気力が持たない…
てか15日くらいまでに産まれてくれないと、カレンダー日付的にツタヤ立ち会えないぞ?
頼む早く産まれて。そう思っていました。
でも、15日までには産まれませんでした。
もう立ち合いも無理かな。16日以降、そう思っていました。

・・・・・・・・・・

そして18日夜中。
念のため携帯の着信音を付けていたのですが、夜中2時半頃、妻から破水の連絡。
義両親を起こして対応してもらうよう言って、ツタヤも始発で入院先の病院へ…
と思ったのですが、まだ始発動いてない!!
なんかせわしない時間が過ぎる…ひたすら会社の人や仕事相手の方に会社メールで連絡し、
業務の滞りがないようにしました。午前3時とか4時台に


そして朝10時前。妻の入院先に到着。
陣痛は明け方頃から現れ、義母が妻の腰をさすってくださっていたのですが、
ツタヤ到着&義母が用あり帰宅後、陣痛が激化!
実はツタヤこの日風邪をひいていたのですが、鼻をかむ間もなくずっと腰をさすり続けました。

しかし、これが災いしたような…
陣痛の強さや胎児の心拍を測定する機械があるのですが、
16時頃、何かの拍子でツタヤが腰をさするのを止めた瞬間、今まで比較的はっきり聞こえていた心音が明らかに弱くなってました。
ツタヤの腰をさすり方がちょうど1秒に1往復程度、赤ちゃんの心拍 120bpm/min. と同じリズムだったようで、
腰をさする振動が赤ちゃんの心拍を隠しちゃっていたようでした。
そりゃそうだよね、妻は前駆陣痛で寝れずに疲れてるんだから、赤ちゃんも疲れる。
大至急ナースコールを鳴らしました。

助産師さんが駆けつけ、内診が実施され、もう産めるねということに。
そこからは、本当に早かったです。
ツタヤは酸素マスクを装着係、兼、水を買ってくる係、兼、一緒にいきむタイミングを伝える係。
小さな陣痛は我慢し、大きな陣痛のときいきんで、という先生・助産師さんの言葉と妻の陣痛のタイミングを見極め、ずっと何か掛け声をかけてたと思います。
本当は手でも握ってあげるものなのかな?とか思ってたのですが、手はいきむためのつかまる棒みたいなのが分娩台にあって、
そこを握っていたので、本当にそれくらいしかやれることがなかった気がします。

そして17時過ぎ。お産終了。
目の前に、小さな小さな男の子が、産声をあげて産まれてきました。

やばい、思い出したら涙出てきた…
今でも鮮明に覚えています。あの時の感覚。
妻は当日はもちろんですが、妊娠してからずっと戦ってきたわけですし。
悪阻も、胎動も、前駆陣痛も。仕事とも通勤電車とも。
遠距離恋愛だろうが別居婚だろうが、ずっと見てきた。その分、感じるものがあった気がします。

・・・・・・・・・・

そんなわけで、現在ツタヤももうすぐ父親2週間です。
オムツも少しは替えられるようになりました。

無事に子供が産まれてくるまではどうも書く気になれなかったのですが、
5月末以降、こんな感じでプライベートもバタバタしておりました。
子供も出来て、今度は違う意味でバタバタする気もしますが、
少なくとも思うのは、今後自分の価値観も変わってくるんじゃないかってこと。

今まで独身者としての視点でブログは書いてきましたが、今後は書く内容も変わってくるかもしれません。
その際は、読者様にはツッコミを頂けると幸いです。
ということで、次回くらいからは久々に通常エントリに戻せたらと考えております。

追伸
結婚と妊娠発覚の順番??
ええ、間違えています
彼女のご両親に先にご挨拶したから許してくださいm(__)m


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2017.01.31 / Top↑
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