(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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ツタヤ@ピーターパンシンドローム。かもしれない。

ツタヤは昔から、既視感がすると一気に熱が冷めるっていう癖があります。
しかも下手に決断力と行動力があるから、その環境からは結構サクッと移ってしまうっていう。
祭りって本番より準備中の方が楽しくないですか?

8年前に付き合ってた元カノとも将来に既視感を感じて振りましたし、大学も研究生活に既視感を感じて4年生の8月とかに急に就活を始めました。そうやって就職できた製薬会社も、MRとして刺激の足りなさから既視感を感じて「独立しよう」って3年半で辞めてしまいました。

でも、本人の心の内では、一応常に「ぬるま湯に浸かってたくない」って気持ちがあるんですよ。
それって、言い換えれば「もっといい自分でありたい」だったり、「もっと自分を有効活用したい」とか…そういう思いにもなると思うんですね。

※むしろ辛さや逆境に耐えられず逃げたことは…独立失敗の時も含めて、今のところ1度もない気がします。

・・・・・・・・・・

でも先日、なんかそんな自分が想像以上に奇特なんじゃないかって思うことがありました。

上京して10年、GWに実家に帰ることはなかったのですが、今年は時間的・精神的・金銭的に余裕があったのと、地元の友人のイベントに呼ばれ、10年ぶりにGWに実家に帰りました。

そこで同い年の友人何名かに会ったのですが、そこで交わされてる言葉がなんかこうつまらないというか。
バイクの免許をみんなで取りに行こうだとか、そういう心弾む話も結構出るのですが、そういうのがあくまで今の仕事だとか生活に先行きがないから、余暇で夢を見ようみたいな魂胆が感じられて。

挙句、ある友人より「今俺の人生は完全に惰性」「慣性の法則が終わったら死ぬ」って言葉まで。

そもそも、そのイベントも退屈な日常を打破するためのもの?

ツタヤも笑ってキャーキャー楽しんでいたのですが、心の片隅で、小中学校を一緒に過ごしたはずの友人たちとの差を感じてしまいました。
どっちがいいとか、どっちが正しいとかじゃなく、「寂しい」って。

・・・・・・・・・・

その後、度々このブログにも登場している地元の女友達(子持ち)と飲んでいたのですが…
そこでもそういった感覚に囚われました。

高校までの彼女は、友人も多く、何事にも活動的で、ツタヤにはものすごく輝いて見えました。
でも、子供産まれてからは何かとトラブル続きで歯車が狂い、高校時代のようなイケイケ状態と比べるとだいぶ守りに入ってしまったように、ツタヤの目には見えました(←あくまで主観)

そこでケンカ承知で(というか、既に口論の最中に)本人にその旨伝えてみたところ「一番大切にしたいものが、自分から子供に変わった」と。「価値観が変わった」とのことでした。

「つまらない大人になってしまった」って、彼女は微笑みました。
その微笑みに若干の寂しさも感じられ、ツタヤは何も言い返せませんでした。
でも、それは彼女の境遇に同情したとかではなく、ツタヤ自身の無知というか、想像力の欠如を痛感したから。

まだツタヤに子供がいる訳ではないのですが、きっと彼女が正しい。
子供を持つって、自分より大切なものを持つってことだと思います。というか、そうあって欲しい。
だって、ツタヤ自身、そうやって両親から育てられたし。

同時に、女にとって自分より大切なものが「子供」であるなら、男である自分は、自分より大切なものを「妻と子供」って言えない限り、夫にも父にもなれない気がしました。

・・・・・・・・・・

これらの経験から、この歳に至るまで自分最優先で生きてきているツタヤは、だいぶ奇特なんじゃないかと思いました。

前半に出てきたツタヤの友人は、正直、ツタヤなんかより余程結婚に向いてるし、いい親にもなれる気がします。
それに比べて自分ときたら…未だに自分のことばっかり。
自分を好きであれることってすごく幸せだと思うのですが、結局「自分以上に大切にしたい存在」を受け入れるだけの器は、今の自分にはありません。

そこそこいい大学入って、そこそこ社会で活躍できると、1人の人間としての向上心って結構長続きすると思うけど、そういう気持ちが配偶者や子供に向かない限り、夫だとか妻、もしくは親にはなれない。
いや、個人的になってほしくない。

そんな意味では、いち個人の夢なんか、捨ててしまわなければいけないこともある気がしました。

・・・・・・・・・・

そんなわけで、今は閉塞感でいっぱいです。

独立失敗して、これからまたやりたいこととか、なりたい自分とかを見つけていきたいと思ってたのに、なんか周りを見てると、そんな自分中心なことをのたまっているのは、同じ年では自分くらい。
周りがみんなシフトチェンジしているっていうことは、28才でこんなことを思うってのは一般的には遅いっていう事実を叩きつけられている気がして。

ZARDの「愛が見えない」の歌詞の中に
「夢を捨てるのが大人なら大人になんかなりたくない」
ってあります。
あの歌が出たのって今から18年も前なのに、今更この歌詞をリアルに感じているところです。

ついでに、大黒摩季の「ら・ら・ら」も18年前ですが
「時が経つのは何故こんなに早いんだろう あっという間にもうこんな年だし親も年だし…」って…

いやぁ歌詞って怖い(>_<)
※「ら・ら・ら」で続く「貴方しかいないし」は「貴方」もいない状況ですがorz

・・・・・・・・・・

それでも納得できないのがツタヤ。爆

頑固者なんです。物心ついた頃からずっと。

夢なんて言える程の夢、今は自信持ってあるなんて言えないですが、「自己実現」だとか「自分をフル活用」ってことは妥協しないまま人生の次のステージに進めるよう、両立していける方法をまずは模索してやろうと思います。

滑稽ですか?奇特ですか?
もういいです、馬鹿にしてください!!!
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2013.05.06 / Top↑
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