(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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ツタヤ@来月30代。
あ、今「来月」って書いて、いよいよリアルな気持ちになってきたorz
そっか、もう来月なのか…

正直最近まともなエントリ書けてなくてすみません。
ツタヤにとって、ブログって「書きながら考えるもの」ではなく、書く内容がパーっと降ってきて、それをダダダって書いてるんですけど(それでも長いと3時間くらいかかりますが)、最近そのパーっと降ってくるのがなかったんですね。
なんなんでしょう…まともな会社でまともに仕事してると、そういう想像力か創造力か分かんないですけど、湧きあがって来ないものなんですかね。
ってか、欠如してる!?

あとは最近ツタヤ仕事で「メールが稚拙」とかよく言われ、先輩とかからメール文章を訂正されるんですね。
元々MR時代の日報も「これは日報じゃなくてブログだろ笑」と黙認されていたくらいなのですが、心の中で文章を書くことに対する敷居が上がってしまったのはあったのかもしれません。

…え?もうすぐ30なる人がメール文章訂正されてんじゃねーよって??
余計な御世話じゃぁー\(゜Д\)ガオォォ

・・・・・・・・・・

そんなツタヤですが、せっかくのこの人生のタイミングを利用して、今までの10年間を振り返ってみようかと思いました。

まぁ軽く表すと、
最初3年半:大学生
次の3年半:MR
次の1年弱:プー太郎(+ちょっと保険屋)
次の2年くらい:CRO

なんて経歴になりますが、蓄積がない
ツタヤ@口が悪い、というのはこのブログをご覧になってる方は既にご存知かと思いますが、その口の悪さで自分をざっくり斬ってみると、まぁそりゃ最初の学生時代はいいとして、その後の社会人としての蓄積が、ない!

結局いついかなる時も現状を受け入れられず、とっかえひっかえばっかしてるってことだと思います。
「とっかえひっかえ出来るのがすごい」とか言ってくれる方もいるかもしれませんが、やっぱこの年になってビジネスメールの文章の訂正なんてされてると、毎回毎回振り出しに戻ってることに対する抵抗感というものを感じずにはいられなくなるんですよ

引っ張るw
でもこんだけ丁寧に指導してくれるってのはやっぱ有難いです。
営業マン時代からそんなの習う機会って無かったですからね(^_^;)

ただ、何て言うか、ほんと、アラサーで異業種転職なんていいもんじゃないと思います。
ゼロからスタートって精神的にしんどいですもん。周りの同年代の人は主任格とかそれに準じた扱いになってきてるってのに。
ほんと、相当な目的意識がある人か、逆に相当「どうでもいいや(´∀`)」って思える人じゃないと辛いと思います。

いいですか?異業種転職は20代半ばまで!!よしっ

・・・・・・・・・・

おっと蓄積がないところから飛んでしまいそうだ。
話を戻すと、20代のツタヤは、決して自分を過信していた訳ではないと思いますが、とりあえず、無茶し過ぎていたと思いました。

…いや。的確に表しきれてない。
無茶を無茶と認識しきれていなかった気がします。
あれですね、リスク意識の欠如。

「リスクを取れ!」とか「Take a risk!」ってのはどこぞの会社の社訓にも入ってるようですが、やっぱリスクなんてのはリスクを取った後のことまで考えてとらないといけないものと言うか。
リスクを取ってみた3年後、5年後、10年後、自分はどうなっているのか。
そういったところまで考えてリスクを取らなきゃ、3年、5年、10年なんて意外とすぐに来ちゃうものなんだなってことを、今になって思います。

ってのも、例えばツタヤの場合、MR辞めたのがまさに3年前で、そこから結婚適齢期になって「あの頃の年収があれば…」と思うことは結構ありますしorz←リアルぶっちゃけトーク
※今でこそMR時代にだいぶ近づきましたが(^_^;)
※それもありプー時代からの借金は完済目前

…ということで、ツタヤの20代は無茶をしまくってしまったというか、リスク認識が甘かったというか。

・・・・・・・・・・

なんだか後悔してるような文章になってしまいましたが、まぁ後悔してると思います。

けど、逆にこのMR辞めた例なら「じゃぁ辞めてなかったら」って考えても、結局目に見えない後悔をしてた気がするんですよね。
多分27才の頃のツタヤが35才くらいまでMRやって他業種についてたら、今よりも全然苦しいと思いますし。
もしくは60才まであの会社に居続けたとしたら「自分、他に何か出来なかったんだろうか」って思い返す気がしますし。

そんなこんなで、30代を目の前にして思うのが
結局どんな道を選んだって、後悔する
ということ。
だったら、その時自分がピンと来た道を進むしかないのかなって。

ツタヤの場合なら、お陰で、常人には真似のできないような無茶苦茶な20代を過ごせた。
そんななかで、常人には感じることの出来ないことを感じられた。
それが何かって聞かれたら「…表せませんすみません(>_<)」ってなりますが、自分としてはそれで満足ですし。
自己満足万歳*\(^o^)/*

なんだかんだ、自分の幸せに上限があるとすれば、その上限値スレスレで20代を終えられそうなのかなと思います。

・・・・・・・・・・

けどもう1つ思うのは、そんな後悔から免れられないような人生構造の中では
あり得ないくらいの幸せなんてこの世には存在しない
ってことですね。

表現変えると
あり得るくらいの幸せしか実現できない
ってなるのか。
やっぱこういうところで「我唯足るを知る」なんて格言が効いてくるというか。
特に無茶苦茶な軌道を描き続けているツタヤにはorz

どこかで無茶をすれば、どこかがおろそかになって、結局実現できる1人あたりの幸せの量は限られてくる。
20才くらいの時にこの世の幸せの総量を上げることは難しいって話を、当時浪人仲間の友人としましたが、今になってその難しさって想像以上だなってことを思います。

・・・・・・・・・・

…なんだこの達観しちゃった的な文章!

いや、だけど、満足しちゃっていいんですかね??
今より幸せになるのって簡単じゃないとしても、その努力を怠るのだけはよろしくないことだと思います。

そうやって上を見るから人生は不安定になっていくのだとしたら、やっぱりツタヤの人生は少しくらいは不安定な方がいい。
正直結婚したいし子供も欲しいし、あと家族を幸せにするってのは男にとっての幸せの形(かつ男の道義的義務←ツタヤthink)ではないかって思いますけど。
そうやって内向きな意識だけで保守的になっていたら、やっぱ幸せになれる余地を見逃しているんじゃないかって気がして、もったいないように思うんですよね。

どうせなら、家族も大切にしつつ、何かで上を狙う!それがかっこいい男であり、もっと言えばかっこいい夫やかっこいい父親なのかなって。
※ここで「家族を大切にしつつ」とのバランスが極めて重要になりますが!

そんなことを、30代を前にして思います。
ツタヤ@29才と11ヶ月。
なんだかんだ楽しい20代過ごして来れたと思いますが、あと1ヶ月ちょっと、20代なりにいろいろ考えて行こうと思います。


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2014.07.05 / Top↑
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