(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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実はこのブログ、あの地震がきっかけでやろうと決めたものでした。

パソコンからだと確認して頂きにくいと思いますが、ブログのバックナンバーも震災関連の記事が多く含まれています。去年7月の被災地現状レポシリーズとか特に。よく見れば、ちきりんさんに紹介して頂いた10月の会社を辞めた理由もそうです。

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あの日のことは、今でも鮮明に覚えています。

14:46、広尾のクリニックさんに行くために近くの駐車場に車を停めると、突然車が揺れだしました。
「地震?突風?」とか思って外に出てみると、今度は地面ごと揺れて、立っていられないほどのものになりました。その時に初めて「あ、大きめな地震だ」と気づきました。
近所の商店街の方々もみんな外に出てきました。

不謹慎にもツタヤは地震を口実に、そのクリニックさんや近くの薬局さんに顔を出し「薬こぼれてないですか?」など言いながらウェットティッシュなど配ったり、安否確認のような感じで大型得意先を回ったりと、地震に乗じて自分のポイントアップを図っていました。
昼の渋谷駅のバス停に溢れかえる人は、むしろ写メを取って会話のネタにしていました。

ことの重大さが分かったのは、17時過ぎ。渋谷駅近辺のクリニックさんの訪問を済ませ、18時に新宿駅付近の大型施設さんであったアポに向かう途中の明治通り。車の渋滞があまりにひどく、普段車では10分少々で着く渋谷~新宿間だったのに、東郷神社や原宿警察署を過ぎたあたりで18時を迎えてしまう在り様でした。歩道を見れば、人人人。こんな道路事情からやっと異常事態ということを認識。
同行予定の上司にもなかなか連絡がとれず、結局18:15頃北参道の駐車場に車を停め18:30頃アポの先に到着。と思ったら、電車が止まっており患者さんで溢れかえっており、職員さんも対応に困っているようでした。

その後先生からは「こんな日によく来てくれた」と感激され長話突入、そこに上司も到着して19時半頃まで話し、帰る頃には、近くを通る甲州街道の車の流れが完全にストップしていました。
そこから北参道の駐車場に戻り、20時頃車を出したのですが…そこから恵比寿に着いたのが0時頃。夕方以上の、車より歩くほうが絶対に早いほどの渋滞。運転しながらパソコンでその日の日報を書いていたくらいでした。

そして駒沢通りの裏道を通り、当時住んでいた学芸大学の家に着いたのが1時過ぎ。クローゼットが倒れており、自身の規模を改めて感じたところで、とりあえずテレビをつけてみたところ…あまりの衝撃に背筋が凍りつき、でも、テレビから離れることができませんでした。

家を押し流す大津波。

気仙沼や千葉での火災。

リアルタイムで増えていく死者・行方不明者数。

こんなものだったと知らず得意先のウケを取ろうとしていた自分がいかに不謹慎であったかということ、そしてそれ以上に、この世の幸せがいっぺんにかなり奪われたこと、それに対して自分という人間がいかに無力であるかということを思い知らされました。

それ以来数日、募金先をまとめてみたり、節電してみたり、とにかく気が狂ったようにやりました。

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…とこんな感じに、個人的には去年の地震は、この世界に対する自分の無力感を思い知った強烈な出来事として、心に残っています。
今でも特にフラッシュバックします。特に津波の映像が流れると。
ある意味PTSDなのかもしれません。でも、多分本音は忘れたくないんだと思います。自分の無力を。

がれきの山はどうなっている?

家を、雇用を奪われた方々は、結局いまどうしている?

原発問題がいまだ収束しないのは技術的に仕方ないとして、だったら被災された方々の「家があるのに戻れない」とかっていう生殺し状態はどうなっている?

被災者の自殺は?

1年経ったけど、きっとまだ、区切りをつけられるほど何か進んだわけではない。

そして自分も何か出来たわけではない。

でも、諦めたくない。諦めて無関心になることだけは絶対したくない。
決して風化させてはいけない。

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「今我々に出来ることをする」って表現があります。
金がある奴は金を出せ、知恵がある奴は知恵を出せ、体がある奴は体を出せ、何もない奴は、元気出せ!って。

これと関連するかは分からないのですが、僕なりに1つ思ったことがあります。
やっぱり、あの日奪われた幸せは、僕たちで取り戻すしかないって。

何ていうか、被災された方々、命を落とされた方々の分まで、僕たちは幸せにならなきゃいけないんだと思うんです。

それがこの世界の幸せの総量を維持・増量させる唯一の手段だって。

今このブログを読んでくださっている皆様には、少なくとも命があります。
そして、今この瞬間よりも幸せになるための「可能性」だってあるはずです。
それを無駄にするのは、面目が立たないと思うんですね。

今ある命、今ある可能性、絶対に無駄にしず、貪欲に今以上の幸せを求めて生きませんか?
募金だとかボランティアももちろん重要ですが、それ以前にまず自分が妥協しず幸せになりましょうよ。
出来るだけお金や労力と一緒に本気の笑顔を提供してあげましょう。仮にお金も労力も提供できなくても、本気出して笑顔になることはできるはずです。

僕は引き続き、わがままに生きていきます。
それを誓った2回目の3.11でした。
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2012.03.12 / Top↑
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