(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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今回のブログは「独立諦めた」と「保険屋辞めた」の2タイトル複合構成で、かなり長くなってしまいました。
なので、この冒頭の部分で全体を一度まとめて「目次代わり」とします。

ちなみに
そもそも独立を目指した経緯 → 会社を辞めた理由
その後保険を選ぶことになった経緯 → プー太郎日記 最終回 長い休暇の終わり
に書いておりますので、お時間ありましたらお付き合いいただければと思います。

・・・・・・・・・・

最初に、タイトルの通りまず独立を諦めることと致しました。

それに従い、4月から始めた保険屋の仕事ですが、今月で辞めることとしました。
仕事自体は楽しかったですし、契約を頂くのも決して難しくはありませんでした。
ただ、元々独立目的で、その一環で就いた仕事だったので、独立を諦めたところ保険の仕事を続ける理由もなくなってしまいました。

応援してくださった皆様、そして共に励んだ皆様、本当に申し訳ございません。
皆様に説明責任があると思いましたので、言い訳と紙一重になるかもしれませんが、詳細は以下に記しましたので、気にしてくださる方はご覧ください。

予め簡単な流れだけお伝えすると、

「損保の仕事での収入の不安」
「周囲の人間とのしがらみ」
この2つがきっかけで、いろいろ考え出した
 ↓
考えてるうちに「やる理由」がないことに気付き、何をしても独立は無理だと直感した
 ↓
独立が無理である以上、保険の仕事を続けるメリットがないように感じた

というところです。

なお、独立を諦めた時の「やる理由」の欠落については、次エントリ 自分にないもの ~ボクハ負ケ犬~ で、心理学や成功哲学だとかも絡め詳しく書きました。こちらも別の機会に宜しくお願い致します。

以上、目次代わりに。

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で、始めます。
独立を諦めたきっかけは2つあり、2つとも保険の仕事に関わるものでした。

1つ目のきっかけは、損保は儲からないということでした。
毎月のキャッシュフローが赤になる。プー太郎時代に出来た借金が、むしろ増えていく…
修行がてらお金を稼ぐ目的で仕事も始めたのに、逆にお金が減っていくようで元も子もない状態でした。

と言うのも、歩合の率の低さが想定以上でした。
ツタヤがいる損保会社の代理店候補生の基本給は24万(ボーナスなし)、そして上乗せで歩合なのですが、この歩合は

月額手数料(月の歩合) = 月額保険料 ×(最大0.2)

となっておりまして、例えば基本給と合わせ月40万もらために歩合で月16万取ろうとすると、最低でも月に80万の保険料を持っていないといけません。

ここで、月80万というのは年1000万程度ということで、普通1年半頃の基準数字になるのです。
1年で半分以上がふるい落とされるこの世界で、1年半生き残らないと達成できない数字。道のりは険しくもあるのですが、それ以前に「1年半」ってまず単純に、長い。
ツタヤも正直生き残る自信くらいはありますが、歩合が16万になるまでに1年半もかかるとしたら、萎えます。
(一応ツタヤだって結婚適齢期のオトコです。悠長に構えてられません。)

おまけに経費は自腹。交通費や飲食費、DM撒くのも自腹。
月40万稼いでも、法人ではなく個人代理店なので税金が先に引かれる上、そこから経費を差し引くと、残るお金って25万くらいあるかどうかってとこなんですよね。

実際ツタヤと同じ職場の方は、実家暮らしか、夫婦共働きでした。お金が苦しいのは間違いないと思います。

加えて…
今だけでなく、将来的にも儲からない気がしたことです。
具体的には、損保業界の衰退です。

損保会社の収益の大半は自動車保険なのですが、最近では自動車台数の減少とネット損保の台頭で、損保会社の収益は悪化しております。
最近も各会社が合併したですとか、内部留保していた株を売り払ったですとか、(一時的なものを含め)収益の改善を図る試みがたくさんなされているのも頷けました。

何より、ツタヤたち損保代理店候補生の言われる合言葉は「生保を売れ」。
この言葉に、損保業界の行く末を感じ取れました。

かと言って、損保屋さんが生保を売るメリットは何なのでしょう?
今では外資系生保会社や、自らの子会社である損保系生保会社がガッツリと生保に特化したコンサルをやっています。一方で何十社に渡って乗り合いをしている全国規模の代理店(ほけんの窓口とか)も勢力を増しています。

損保屋が生保売るメリット…両方売れるくらいではないでしょうか。
しかし現在損保屋の大半は収益を人間関係で挙げており、今さら生保のコンサルなど出来ず売れずに困っているようです。
一方で代理店候補生に生保を勉強する暇などなく、大半の候補生は申し訳程度に医療保険やガン保険を売る程度です。
生・損保両方を売れる代理店になろうと思ったら、コンサルやってる生保会社で経験積んだ後損保会社の代理店候補生になる他は、かなり難しいと言わざるを得ません。

かと言って、生保単独でやれば単年の手数料は相当に上がりますが、損保と違って更新がないため、手数料は契約初期以外はほとんどない、もしくは0です。
「新規を取り続けなければ生きて行けない」の言葉の表現するところです。
ツタヤもどちらかと言うと内向的な人間です。生保単独でやっていくには、人脈が十分かは不安なとこでした。

※ちなみにこうやってブログ書く人はだいたい内向的です。エネルギーの矛先が文書ということで、内へ内へ行ってるので。

※さらにちなむと、代理店候補生が卒業して損保の個人代理店になると、固定給はもちろん消滅する上、歩合のパーセンテージも多くのケースで一層下がります。残酷!

・・・・・・・・・・

とは言え、まぁ一応ツタヤはFPや社労士の勉強していた他、プーの時生保も独学で勉強していたので、知識面では一般の方よりは多分有利でした。トークも、MR経験者だけあって、そこまで苦しくもありませんでした。
実際損保だろうが生保だろうが、テストやロープレはだいたい上位につけていました。
その点で、くそ必死ににやればそれなりにやれる自信はあったのですが…

周囲の人間関係にやられました。これが2つ目のきっかけです。

ツタヤの紹介元の代理店は、会社の中でも相当な売上、そしてプレゼンスのある代理店でした。
社長と役員、他事務員の3名の会社でしたが、社長は営業の神様的な人、役員も社長を戦略面でバックアップする傍ら自らも相当に売り上げる人で、しかも2人とも細かいところまでよく気がつく。息もピッタリ。文字通り最強コンビでした。

2人とも業界を20年以上生きてきたアラフィフ世代。
自らに相当な自信がある上に…頭が固くなっていました。

こんなお2人がツタヤを某損保会社に修行に出させたところ、大変なことになりました。
損保会社の研修プログラムを軽視してツタヤにいろいろ指示出してくるわ、「研修生と俺らどっちが経験長いと思う」など言われるわ、毎週3~4時間怒られるわ…
ツタヤの主観は置いといて、損保会社側も代理店の干渉を非常に問題視し始めました。

別に代理店側がツタヤにお金払って自分の会社で育成するなら、文句はありません。
でも、ツタヤの給料(安いですが)は損保会社の方から出てます。おまけに代理店から損保会社にお金が流れているわけでもなければ、ツタヤにお客様を紹介してくれているわけでもありません。
経済的負担を、背負っていないんです。

金は出さないのに、口は出す。
こりゃ損保会社としても非常に迷惑な話だと思います。

しかし損保会社としてもツタヤがその代理店に入るという前提でツタヤを雇っています。その前提がなくなれば、解雇です。

そんな代理店と損保会社に挟まれていたツタヤですが、いわゆる「上手く振る舞う」のは極めて困難でした。
ツタヤもMR時代にいろいろ振る舞いは覚えたのですが、保険業界の人間はとにかく細かい!細かく聞いてくる!
嘘で取り繕うことなど出来ませんでした。
特に、細かく気の届く代理店のお2人の前では。
おまけに保険業界の人間は、プライドが高い。自分の言い分が正しいということに疑いを殆ど持っていない。まぁ、日頃から約款とか正確に覚えなきゃいけないしね。

そんなわけで、2者の間を取ることは事実上不可能で、両立させるためには週7日フル仕事になりました。けど、それくらいの長時間労働でも追い付きませんでした。
2者に双方と調整取るようお願いしても、特に代理店が頑固で歩み寄る気配なし。

最終的には、代理店からは「損保会社の言うことなんかに従うバカ野郎」、損保会社からも「代理店の異常な干渉に振り回される可哀想な奴」というレッテルを貼られていました。

「収入の不安」「人間関係のしがらみ」
現職に対する2つの不安が、その後「独立は無理」と思うきっかけになりました。

・・・・・・・・・・

以上、既にかなり長くなってしまいましたが、きっかけです。

これらきっかけがあり、
「MR時代の半分の給料で、MR時代以上に働いて、何やってんだろ自分…」
って、よく思いました。

少なくとも代理店はもう信用出来ない。
けど、代理店と縁切るなら損保会社のにも居られない。
居るためにはこんなモチベーションの中でも基準数字を達成させなきゃいけない。
でも、達成したら今の板挟みの状況がまた次の更新までは続くよね?

そんな中でさらに思ったのが
「お客様が多くできたら、もう逃げ場がなくなるよね?」
ということ。

お客様は、利益をくださる「資産」であると同時に、サービスを提供し続けなければならない「負債」じゃん。
なんて。

正直、この考え方自体に間違いはないと思います。
「資産」って面と「負債」って面、どちらが目立って見えるかは当人のモチベーション次第だと思います。

ただ、自分は「お客様を一生フォロー?あり得ない!」と思ってしまいました。
独立するために、そうまでしなきゃいけないの?と。
自分には、そこまでしてやっていくために必要な「やる理由」がない。

独立するということは、会社の看板に頼らず自分の看板で生きていくこと。出来たお客様は、同じ会社の看板を背負った他の誰かではなく、一生自分がサポートしていかなければいけない。
言い換えれば、お客様を「背負う」…でも、その決意だとか覚悟の元となる「やる理由」は、自分にはありませんでした。

お客様に束縛されながらも「資産」として捉えるだけの「やる理由」、苦境を耐え抜けるだけの「やる理由」。
仮に能力が高かったとしても、「やる理由」がない人に独立なんか出来る訳がない。
そう直感し、独立を諦めることと致しました。

※「やる理由」については、次エントリ 自分にないもの ~ボクハ負ケ犬~ でさらに突っ込んで書きます。

・・・・・・・・・・

「やる理由」がなくて、独立を諦めた自分。
独立目的で入った保険業界。
当然、保険業界でやっていくための「やる理由」もなくなりました。

元々ツタヤの周りには、外資系生保の営業マンさんを中心に、優秀な方がいっぱいいます。
そんな方々を見て、この業界に飛び込む前に学んだのが「保険は入り口より出口が大切」。
ちゃんと保険金が支払われなければ、保険なんか意味がない。
そのためには、担当者がしっかりと保険金を届けないといけない。

対して、自分はどうか?
売ることは、多分出来ました。
でも、将来に渡って保険金をちゃんとお届け出来るか?

多分、出来ない。

元々家計に関するところで独立してみたいと思って、そして家計の多くを占める保険について体で覚えたいと思って始めた今回の仕事。
想像通り、大変な仕事です。そして独立を諦めてしまった今、2つのきっかけでもあった収入の不安や人間関係のしがらみに耐えながら、今後出来るであろうお客様のフォローを生涯に渡って続けていくだけの「やる理由」は、もはやありませんでした。
完全に心が折れました。

そんな訳で転職を考え出したのですが…
転職の際の履歴書が悪くならないようにするだけの目的で、3ヶ月ごとの更新基準を満たすために、自分の大切な友人・知人に、自分がフォローすることのなくなる保険に「お願い!」って言って入れるようなことを自分が出来るか考えました。

頼まれても出来ませんでした。

数字を引っ張ってこれない営業マンは、会社には必要ない。
だったら、一刻も辞めるのが、自分のためであり、会社のため、世間様のためだと思いました。

そして今月辞めることにしました。

・・・・・・・・・・

独立をしようと去年の9月に前の製薬会社を辞めて以来、本当に多くの方と会い、多くのことを考えられました。
その挙げ句が「やる理由」が見つからない、独立は無理だったということで、自分の完全な負けです。
でも、挑戦してみたことに悔いはありません。

また、4ヶ月(バイト入れると8ヶ月か)でしたが、保険って本当に大切なものであると同時に、扱ってて面白いものでした。
損保会社の研修制度は代理店主導で気づいたら飛び込ん参加していたようなものでしたが、本当に多くのものを得られたと思います。
この仕事をして、本当によかった。心からそう思えます。

でも今後は、新たな「やる理由」が見つからない限り、もう独立も試みませんし、保険業界にも戻りません。お客様のためにも、自分のためにも。

今度はプー太郎再開、しかも去年のような「独立したい」って前向きな理由ではなく、完全に負け組的なプー太郎になってしまいますが、しっかり1つ腰を据えて仕事をすることを念頭に、仕事を探し直そうと思います。

来月28の誕生日を控え、もうあまり無理したくなくなってしまったのかもしれません。
勝つまでやり続けるより、敢えて負けて逃げ出す方が幸せに見えてしまいました。

不甲斐ない結果となり、本当に申し訳ございませんでした。
負け犬ツタヤではございますが、今後ともお付き合い頂けましたら幸甚です。


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2012.07.24 / Top↑
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