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はじめに。
このエントリは精神異常者の書くような内容になってしまうかもしれません。
でもツタヤを気にかけてくださる方々に黙っていたくはないので、書くだけ書きます。
読んでくださる方だけ読んでください。

簡単に言うと、自分になかったのは「欲望」です。
独立を諦めたのは、自分の中に「やる理由」、つまり「欲望」がなかったから。言い換えれば、欲望から喚起されるイメージだとか、「なりたい自分」を見つけられなかったからという内容です。

・・・・・・・・・・

さて、始めます。

「お金が欲しい!」
「キレイになりたい!」
「いい女を抱きたい!」

人間って、不純な動機なほど頑張れるってのは、皆様聞いたことありますよね?
世の中のいわゆる「成功者」って言われる方々も、上の3つとまでは行かなくとも、だいたい類するような、理性的ではない感情的な欲望を強く持っていたと思います。

で。
ナポレオン・ヒル博士の「思考は現実化する」って本もありますよね?
ワタミの渡邉美樹さんの「夢に日付を」って本もありますよね?
仕事に暗中模索している時に、突如「見えた!」って感覚が来て、俄然やる気が出る時ってありますよね?
人は頭の中に具体的なイメージを描けると、それに向かって進んで行ける仕組みになっているのだと思います。

こうやって頭の中のキャンバスにイメージを描き進める段階で、欲望は強烈な燃料になります。
どんなに汚くてもいい。欲望が大きければ大きいほど、より鮮明なイメージを描くことが出来ます。
そしてイメージを描けたら、あとはそのイメージに従って行動するのみ。
もし失敗しても、何がいけなかったのかが比較的分かりやすく、PDCAサイクルも滑らかに回ります。

ある意味、欲望はPDCAサイクルを回す原動力とも言えそうな気がします。

※ちなみに、心理学の世界では、人を動かす力に関しては「意志の力 << イメージの力」と言われております。

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逆に、欲望がなかったら?
それがツタヤでした。

改めて申し上げますが、ツタヤは来月28の男ですが、もうすぐ彼女いない歴が7年半になります。
休みの日何やってる? →寝てるか仕事してるか、たまに飲んでるかブログ書いてるか
趣味? →特にございません。
旅行? →海外には行ったことありません。まずは国内かなー
いつも何食ってるの? →ファストフード、コンビニ。たまにラーメン。たまに飯抜きます。

なんてつまんない男なんだおれ!!!

うすうす気付いていました。
でも、それで特に不自由なく暮らして来ました。
そもそも欲がなければ、不満を感じることもありませんし。

けど、4月に保険の仕事を始めてから、代理店の社長(営業の神様的な)からよく言われたのが

「お前ほんとつまんない男だなぁ」
「それじゃ保険売れないよ」
「俺と一緒に仕事をするなら、夢を持て!」


…( ̄ω ̄;)

自分の中で、恐ろしいほど腑に落ちました。

その社長は新卒で出版業界の営業を始め、当時の部長を上回る営業成績を残したようでした。
しかし、売っても売っても上限がある。どうしても1000万円稼ぎたくて、28の時に損保業界に飛び込んだとのことでした。
転職前にゴルフ場の会員権を350万ほどで買って、趣味で練習しまくっていたとのことでしたが、転職後は平日は毎晩飲み会で「ゴルフで俺に負けたら保険入れ」と掛け、週末ゴルフで勝ちまくって契約をゲットしまくっていたと。
そしてそうしている傍ら、今の役員と当時から「どうしたら売れるか」ということを飲みながら語り合い、大型案件を落としたりしているうちに、1000万などすぐに越え、ゴルフ場の会員権の借金も払いきったと。そして快進撃を続け、今に至るようです。

社長について考察すると
・「1000万欲しい」 ←欲望
・ゴルフ練習+「ゴルフで俺に負けたら保険入れ」 ←描いたイメージ
・役員とどうしたら売れるか飲み語った ←イメージを描いてる

と、欲望を原動力に様々にイメージし、それに従った行動を起こしています。

敵わない。自分は、こうはなれない。

ツタヤも行動は起こせます。でも、ツタヤの行動は、何かイメージの伴ったものではありません。
ツタヤの行動はいつでも「とりあえずやってみよう。なんとなく」です。
言ってみれば、まず行動ありき。その行動はイメージを伴っていません。むしろ、行動しながらイメージをつくってる。

欲望と、それによって作られるイメージがない。
ツタヤの中には、何もなかったんです。

前職を辞めたのだってそうでした。
MRのままじゃ時間がない、幸せの総量を上げられるイメージが涌かない。よし、会社辞めてみっか!と。
何か具体的なイメージがあったわけではありません。

・・・・・・・・・・

目的がないと、先を考えられない。
でも目的を設定しようにも、それを成し遂げる喜びや重要性を感じられなきゃ、意味がない。
そしてそういった喜びや重要性ってのは、心の中にある欲望とリンクしていないと、感じることなんて出来ない。

全ての原点は欲望。
その欲望を満たすために目的を設定し、手段を考え、実行していく。
それが本来あるべき姿だと思います。

対して、自分には、何もない。
だからその先に何もつくれない。
何かを成し遂げたとしても、喜べもしない。価値が分からない。
行動に一貫性が見えない。

頭の中のキャンバスは、未来の設計図です。
そこに何も描けない自分は、何者にもなれません。
そりゃ魅力がないと言われようが何がしたいか分からないと言われようが仕方ないし、彼女が7年半いなかったのも無理もないでしょう。

自分の中に何もなくて、未来を描けない自分に、独立なんて出来るわけがありません。
サラリーマンじゃないんです。進むべき方向は自ら立てた計画に従って決めていかなければいけいのに、自分は計画を立てられない。
そう感じたので、最低でも自分の中の「欲望」を見つけるまで、独立は控えることと致しました。

・・・・・・・・・・

実は2年ほど前に転職活動を行っていたとき、採用担当の方からこう言われて落とされたことが複数回ありました。「線が細い」と。
辛いことがあったときに、すぐに折れてしまいそうだという意味でした。

ずっとその意味については自分なりに探していたのですが、今回独立を諦める過程で自分が意外とあっさり引き下がろうとしているのに気づき、やっと分かりました。
苦しい状況の中でやっていくために必要な「意地」だとか「負けてたまるか!」と言った感情の元になる、「やる理由」。つまり、どうしても満たしたい「欲望」。その欲望から来る「図太さ」。
それが自分には欠けていました。
「やる理由」、言い換えれば「欲望」という添え木がない限り、自分の意志は「あぁなんかめんどくせぇなぁ…まいっか!やめちゃえ♪」って、折れる。

ついでに言ってしまうと。
人を律しているのは、意志だとか決心だとかルールだとか、そんなかっこいいものではなくて、欲望なんだと思います。小さな欲望を飲み込んでしまうような、大きな欲望。

今までのツタヤの
「医学部諦めた」→「大学理工学部入学」→「研究者なりたくない」→「大学4年夏に突然就活」→「MRになった」→「独立したい」→「MRやめてみた」→「プーした後保険やってみた」
という約10年の軌跡。
一貫性のかけらもないですよね。
今思い返せば、自分の中に大きな欲望が存在しなかったため、瞬間瞬間の浮かんでは消えるような欲望に左右され、ブレながら生きてるだけだった気がします。

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一応、浮かんでは消えるような欲望だとしても、いつもその都度意地になってやり抜いていました。
それもあり、外面的な人間としての能力はそこそこ鍛え上げられた気はします。
加えて、年齢もまだ来月で28。見てくれも別に悪くはないはず。色白で華奢だけど。
幸い、まだまだリカバーはどれだけでも利く気はします。

けど、その「欲望」を見つけることが出来ない限り、結局この一貫性のない人生を繰り返す気がします。
そして、そんな自分のような人間の典型的な行く先は、いわゆる「負け犬」。

自分にないもの。欲望。
これをはっきりと見つけ、まずはスタートラインに立てるように今後生きて行こうと思います。


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2012.07.26 / Top↑
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