(注:このブログ、及び私ツタヤはCD・DVDレンタルのTSUTAYA様とは何も関係ございませんので、ご了承ください。)

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11月3日のツタヤの記録。
14時起床、以降やったこと

・地元の同窓会の調整業務←主幹事
・大学時代の友人との、週末の飲み←幹事
・浪人時代の友人との、月末の旅行計画←メイン進行
・明日の友人結婚式の準備

正直、相当な処理速度で進めた自信あるけど、この時間。

そう言えばここのところ、25日~27日、30日~1日と飲み会続きで、2日も友人の結婚式だったっけ。
(まぁそれは仕事の変わり目なのもあって、本当に感謝な飲みが多いのですが)

・・・・・・・・・・

そりゃさ、自分で言うのも何ですけど、ツタヤこういう物事の幹事役って、よく任されますよ。
多分自分の身の回りにいる人よりは、結構サクサク話をちゃんと前に進められます。

あと、飲み会には光栄にも呼ばれる方だと思います。
結婚式とかも、多分呼ばれてる方だと思います。一緒に座ってる席の人とかを見ると、だいたい人数合わせと言うよりは積極的誘いたい人的な位置づけなのが分かる。

けどさ…なんか今日は極端じゃないか?
なんかそういう、友人関係のことで結局1日終わってる。

いや、そう言えば今日だけじゃない。
学生時代からずっとそうだったかも。独立しようとプーしてるときもそうだった。

気付いたら、休日は勉強してるor本読んでるか、寝てるか、友達と飲んだり飯食ったりしてるか、もしくはその計画や準備とか、幹事っぽいことしてる。

結果、趣味なんか旅行にたまに行くくらいだし、彼女は8年9ヶ月いない。
なのに、時間もお金も別に余ってるわけじゃない。

典型的、非リア充。

・・・・・・・・・・

そして昨日の友人結婚式で、さらに思ったことがあります。

某男友達の結婚式だったのですが…
その彼に、結婚式参加してもらった&二次会幹事までしてもらった某女友達(実は好きだった人が結婚しての人)が、彼の挙式にも二次会にもいなかった。
別に特段の事情はないようでした。

へえー…
自分の結婚には散々協力してもらっておいて、相手の結婚の際はそんなもんなんだ…

それに気付いたら、
人と人の間のギブアンドテイクなんて、公平なことのほうが少ないのかなーって思いました。

薄々感づいてたけど。
結局自分のことばっかり考えて、ギブよりテイクしまくってる人の方が、(精神的にではなく)実質的に得してる。

対して、ツタヤってギブの方が多くないか?

つまり、損してないか?

ってことを、今日の過ごし方を振り返って思いました。

普段から多くの友人から「お前って何でも出来るな!」「なんか頼みやすい!」って言われるツタヤです。
それだけの能力と実績があるということは…それだけの時間を過去に費やしてきてしまった感があります。

でも、これって返ってくるの?
友人が少しでも幸せになるよう費やした、ツタヤの時間とかお金とか。

・・・・・・・・・・

相手が幸せになるよう願った、結局自分のために費やしてきた、今までの人生の一部。
でもそれによって最近、周りが気をよくしてる気がする。

例えばツタヤが今死んだら、泣いてくれる人は結構な数いる気がする。

けど、別にそういう自分でいたいわけじゃない。
むしろ、今は自分の時間やお金が欲しい。
あと、彼女が欲しいのもあるかも?

けど、そういう実利的なとこで何かを与えてくれる友人って、少ないような気がする。

自分の周囲が幸せであって欲しいって今まで思ってたし、それに伴って実利的なメリットある人間であれるよう気にしてきたけど、それで自分の幸せが成り立ってないようなら、本末転倒だよな?
自分は自分が幸せになるために生きてる。

そうやって思ったら、自分を慕って一緒に飲もう遊ぼうって言ってくれる友人とか、自分を頼って同窓会やりたい飲み会やりたいだから幹事やってって言ってくる友人とか…
きっと悪気はない善意の大切な友人なんだけどさ。

彼らは今のツタヤにとって、財産ではなく負債だよね??

だって、もらえるのは感謝と慕情だけで実利がないんだし。
ツタヤは友人にとってのメッシーでもアッシーでもない。

・・・・・・・・・・

もっとSNS上のつながりだけの友人とかでもいいのに…
頻繁に会うアクティブな友人が多すぎる。時間もお金も持たない。

すごく生意気だとは思うのですが、今後は、自分の周りにいてくれる人をもっと選ぼうと思います。

2013.11.04 / Top↑
ってのは、多分もう5年以上前から思ってたことですが。

そりゃ繊細ってことはその分気疲れも多いと思うんですけど。
でも、それって「人より多くのことに気付くことができる」ってわけですし。

きっと繊細だからこそ他の人の痛みをありのまま分かることが出来る。
ってこともある気がするんですよ。

だから、繊細イコール悪いこと、では決してない気がするんですね。

でも繊細な分、孤独を感じる機会も多いのも事実だと思うんですよ。
自分の心の痛みや苦しみを、誰も理解してくれないこともあって。

んで、そこからがいろいろ分岐すると思うんですよね。
どうしようもない辛さに対して、1人泣きまくってスッキリしちゃう人、愚痴を言いまくって発散する人、弱味を見せたくなくて斜め向いちゃう人、お酒とか飲んで一時しのぎする人…

ほら、そこの男子!
斜に構えてるツンツン・サバサバ系女子は本当は繊細かもしんないんだよ!!
ちゃんと見ててあげないといけないんだよ!!

てのは置いといて。
話を戻すと、繊細だからストレスが貯まって仕方ないとか悲観的に捉えるんじゃなくて、「繊細だからこそ人よりいろんなことに感動できる」ってプラスに捉えなきゃですよ!

・・・・・・・・・・

え?
そんなツタヤこそ繊細だって?
ですよね だはっorz

女々しくて 女々しくて 女々しくて
辛いよ~♪

※ちなみにツタヤは悩みは答えが出るまで悩み抜くタイプです´∀`
2013.06.03 / Top↑
実はツタヤ、独立目指した2011.10~2012.8の約1年で結構な額の借金をしてしまい、現在返済中ですorz

って言っても、去年の8月に最大200万弱だったのが、半年ちょっと経った今100万切って、まぁあと1年もあれば完済できる程度ですが←返済は順調です!!!
車持っている人のローンと比べても大したことない感じだと思います´∀`

いや正直リアルの知り合いや友人の方もこのブログをご覧になる機会があると思うので、このネタを書くのは痛いのです(>_<)
でも自分が体験して得られたことを少しでも多くの方に知って頂く目的もありこのブログを続けているので、ポリシーに従って書こうと思います。

・・・・・・・・・・

ちなみにその借金(最大時)の内訳を記すと

・A社カードローン(年利12%) 100万(←限度額)
・B社カードローン(年利12%) 30万ちょい
・C社クレジットカード(年利15%) 30万ちょい
・親(無利息) 20万

です。
収入は2011.10~12の3ヶ月は全く働いてないので0円、2012年のプーと保険屋の7ヶ月も平均して20万前後、対して支出は毎月30万近く+保険屋時代の事業経費もあったので、約1年でもこれくらいの借金が出来ました。
(本旨から外れるので、支出の詳細は過去のエントリ フリーターの罠 ~時給1000円で売らなければいけないもの~に譲ります)

で、問題はむしろ、親からの借金以外は全てリボ払いだったということ。
収入の低い状態でついつい手を出してしまうと、返したいのに規定額ギリギリしか返せず、それが原因で泥沼にハマるみたいな。

例えばA社カードローンは、50~100万借りた場合は月々15,000円返せばいいのですが、この怖さを当時のツタヤは認識しきれていませんでした。
実際、90万円借りてる状態で、プー太郎ツタヤが少ない収入から頑張って頑張って15,000円返したとするじゃないですか。
でも、年利12%だから月々でも1%くらいの利息が付くんですよ。
だから、必死こいて返した15,000円のうち、9,000円くらいは利息分に消え、元金は89万4000円にしかならないんですよ。

そして次の月にまた頑張って頑張って15,000円返そうとしても、借金の額は89万4000円に利息が約1%で9,000円くらい乗っかって、903,000円位になってて…

って元金増えとるやーん(ノД`)っていう精神的ショック。

優秀なエクセル君に計算をお任せしたところ、15000円ずつの返済じゃ、月利1%としてカウントしても90ヶ月=7年半かかるということが判明!!!
でも15000円を90ヶ月も払い続けるって・・・元本が90万だから
利息で45万もとられるんかーい∑∑∑((('□';)))みたいな。

つまりツタヤみたいにリボ払い式の借金で170万前後借金を持っていたとしたら、この90万の場合の2倍ケースを当てはめると、3万ずつのんびり返済していたら、7年後に100万近い利息を含めてやっと返済終了、だったんですね。

※ちなみに後で出しますが、年12%という金利は、個人向けでリボ払いやってるケースでは結構いい条件だと思います

・・・・・・・・・・

で、話を戻すと…

リボ払いが、金融機関が儲かるための仕組みだってことくらいは、まぁ察しくらいつくじゃないですか。

でも、本当に怖いのは、それでもリボ払いを利用する人がたくさんいるってこと。
「出来るだけ使いたくないけど、どうしようもない場合は使う」みたいな、消極的であれ選択肢としては許容されているっていうこと。

今は世帯収入もどんどん落ちて行って、返したくても返すお金を工面できない人だってたくさんいると思うんですね。
それにこの先いつまた失業が増えるかだって分からない。

その一方で、リボ払いじゃなくて長期分割払いの話になってしまうのですが、例えば自動車製造業なんかは車の売買による本業収入よりも自動車ローンなんかの貸金業的な収入が増えてきてる。
返済する方が苦しい思いして余計な利息払わざるを得ない状況ってことは、逆に貸す側からしたらそれだけ余計な利息をいっぱいかすめ取れるっていう。

なんか
リボ払いって、「持つ人」が「持たざる人」から搾り取るだけ搾り取るような悪魔の仕組みだと思うんですよ。
月々の返済額をすごく緩く、かつ総支払額をぼかしてしまうから、本当にどうしようもない人から見ると、どれだけ不安なのかもイメージしにくく、ついつい縋り付きたくなってしまうっていう。
でも、そこって蟻地獄に浮かぶ泥の船みたいな感じで。足を余計に取られてしまって、抜け出せる場所さえ抜け出せなくなってしまう。

・・・・・・・・・・

上で示したツタヤの場合の例から、年利12%で、月々の返金額が元金の60分の1、パーセンテージで2%未満(90万に対する15,000円)では7年半かかる上に50%も利息取られるってことでしたが…

例えば同じ条件で頑張って2年で完済しようとなると、元金の4.6%を月々支払わなければならず、それでも約12%の利息は取られます。
1年で返そうと思ったら、元金の約8.8%を払わなければ毎月払わなければならず、それでも5~6%程の利息が取られます。
元金の17%を毎月払えれば、半年で終えられ、利息も2%程で済みます。(以上、by エクセル君)

とは言え、ツタヤのA社・B社カードローンはMR時代に作ったものなので、在籍企業や収入の関連でそこそこ優遇されていると思います。その上で12%です。
自分で言うのもどうかと思いますが、日本の過半数の人は銀行系カードローンにしたって12%じゃ無理でしょう。
実際クレカもキャッシング・ショッピングとも普通12%よりは高く、消費者金融なんかはきっともっての外です。

ということで、ツタヤとしてすごくすごく思うのが、

・出来ればリボ払いは使わない
・使う場合、総額の5%位は毎月払えるような総額に設定する
例:総額100万円なら月に5万
・少なくとも総額の2%を払うことさえ微妙な場合、即刻諦める例:総額100万円なら月2万
です。

ゴールをぼかして走らされ続けるレースなんですよ!
参加しないで済むならするべきでないし、参加するなら情報を得まくって必ず勝たなくちゃです!

以上、現在進行中のツタヤからの提言でした経験者は語る´ー`b



P.S.1 親のすねをかじる賛否はこちら→すねをかじって何が悪い?(時代は違うんだ)
タイトルに反しツタヤは意地っ張りで、借りてはいますが、もらってはいませんよ

P.S.2 強調しますが、返済は順調です!!!

2013.04.21 / Top↑
ツタヤのブログをよく読んでくださる方は、どっちかというと現実的・具体的で「臭いものにはフタ」というよりは「ニキビがあったら潰す」みたいな方かな?と思います。

そんな方には面白くないエントリかもしれませんが、今回も自分にとっての防備録を兼ねて続けさせて頂きます。
でも今回は「どぎつい」の方向性が精神崩壊方面にに働きかねない内容なので、読んでくださるとしたらご注意願いますm(._.)m
※ちなみに今回のエントリだけで完全にまとめる自信はないので、多分またこんなのをどっかで書くかもしれません。

・・・・・・・・・・

「人は幸せであるべきだ」
ちょうど10年前、まだ自分が多治見のド田舎で高校生している時、確か登下校の最中に自転車乗りながらふと思ったことでした。
それ以来、ツタヤの中でその言葉は10年間揺らぐことのない格言として生きています。

(蛇足で話すと、その延長で「自分は幸せであるべきだ」って思ってたから、浪人時代の幸せじゃなかった自分に絶望して心を病んだりとか、その影響で身も蓋もないリアリストになったりしたと思いますorz)

ただ、同時に、10年前からずぅぅぅっと疑問に思っていたことがありました。
「でも、どうすれば幸せになれるんだ?」

お金を持ってても幸せじゃないかもしれないじゃないですか。
時間に恵まれていても幸せじゃないかもしれないじゃないですか。
たくさんの人に愛されていても、幸せじゃないかもしれないじゃないですか。
もちろん「お金」「時間」「愛」なんてレベルになると、十分に満たされていたら幸せじゃない確率は格段に少ないでしょうが、それでも完全なイコールを成り立たせるには何かが足りない。

考えても考えても、ツタヤの中でしっくりくる答えが見つかりませんでした。

そんな疑問でしたが、1月の終わり頃に、突然しっくりくる答えが見つかりました。
「ありたい自分であれること」「自分を好きであれること」だと。

もうちょい言うと、「自分の思い通りに生きれること」「思いが伝わり理解し合えること」「共感し合えていること」とか。

・・・・・・・・・・

そもそも根本的なことに気づけないままだった気がしました。
人間の動作や状態をいわゆる "do"、"have"、"be" で分けたとすると、幸せかどうかというのは "be" の範疇じゃないですか。
対して、お金や時間があるというのは "have" 、愛されることでさえ "do" の領域。
幸せかどうかを考えたとき、一番大事なのは "be" であって、 "do" や "have" は所詮 "be" を少しでも良くするための手段でしかない。

お金をたくさん持っていたって、自分のことを好きになれなかったら、言い訳するように浪費するしかない。
時間がたくさんあったって、その状態でありたいと願えなかったら、退屈な時間が過ぎるだけ。
どんなに人から愛されたって、たった1人、本当に愛してもらいたい人から愛されてないとしたら、そんな自分には自信が持てなくて、好きになれない。

なんてふうに、どんなに "do" してどんなに "have" しても満たされないケースってある気がするんですよ。
本当に幸せになるには、「自分自身がありたい状態にあるか」「自分のこと好きになれるか」って、いわゆる "be" をなんとかしなきゃいけない。

・・・・・・・・・・

でも、"be" の部分って、一番分かりにくい部分だと思うんですね。

"have" なんて見れば一発で分かるし、"do" だって注意してみれば分かる。
対して、"be" は心の中。
強がっちゃう人や自分に素直になれない人だったら、いとも簡単に嘘をつける部分だと思います。
「私は今幸せなんだ」って、言い聞かせることによって。

しかもタチ悪いことに、「言い聞かせ」は、本人すら気づかないことがある。
何て言うか、言い聞かせる癖のある人って、往々にして怖がりなんですよね。
「ありのままの事柄」だとか、あと「ありのままの自分」を、直視できないくらいに。
でも自分でさえ気付けないことに、他人が気付ける可能性って結構低くて。だから結局見過ごされてしまい、やがて崩壊する。

例えば旦那さんに暴力されたり浮気されてる女性が「でも結婚できて生活できてるから幸せだ」「子供がいるから幸せだ」とか思ってたとするじゃないですか。
幸せなわけないじゃないですか。
こう言う人はその子供に溺愛していくか、もしくは他に男でも作らない限り心を病んでいくしかないと思うんですよ。「私は幸せなんかじゃない」って認めない限り。

ってまた例えちゃいましたが笑(←前回エントリ)
こういう人って、ツタヤに言わせると、ありたい "be" と現状の "be" の落差を正確に捉えられないがため生じた悲劇なんですよね。
もうちょい分かりやすく言うと
「ありたい自分」と「現状の自分」の乖離を直視できず、自分を見失ってる
みたいな。

でも、こういうケース、結構たくさんあると思うんですよ。
それくらい、"be" を判断するのって難しい。
つまり、幸せになるのって難しい。

※ちなみに上の例では、この女性にとって「夫がいる」「子供がいる」「生活できる(金がある)」ってのが "have"、で「暴力される」「浮気される」ってのが "do"。その結果幸せか幸せじゃないかってのが "be"。

・・・・・・・・・・

ただ、もしツタヤが今回立てた「仮説」が正しくて、幸せになるために必要なのが「ありたい自分であれること」「自分を好きであれること」であるなら…

幸せになるために絶対に必要な条件として
「自分に嘘をつかないこと」が挙げられます。

上の例で「私は幸せだ」って思ってる女性は、心狂ってしまうのが怖くて自分に嘘をついているじゃないですか。
(で、結局最終的に我慢できなくなって心壊れてしまうパターンだと思いますが)
自分に嘘をつくことや自分を直視しないことで、当面やり過ごすことはできますが、そんなのあくまで「対症療法」であって、何の解決にもならない。
本当に自分を好きになるためには、最高なのはその原因を取り除くこと(ここでは夫に改心して謝ってもらうこと…なんですかね?)をしないといけない。そのためには、最低でも「私は幸せだ」なんて言って自分の本心を見て見ぬふりしてちゃいけないと思うんですね。
自分に嘘ついてちゃ「ありたい自分」「好きな自分」を見誤っちゃうと思うんです。

・・・・・・・・・・

いかがでしょう?
ツタヤっぽい、えげつない幸福論・∀・ノ

昔っから「言い聞かせる」ってのは大嫌いだったのですが、よくよく考えてみると、何で言い聞かせるかっていうと、幸せじゃないからで。
逆に言い聞かせなくても自分が幸せを感じられる状態であれば状態であれば、お金も時間もなくて、しかも愛されてなくても、きっとその人は幸せなんじゃないかって。

まぁもちろん「自分をもっと好きになるためには、もっと稼げる自分であることを証明しなきゃいけない」だとか、そういう風に "have" とかが "be" に絡んでくるケースって往々にあると思いますが。
とりあえず、今日の時点では幸せになるための条件として
「ありたい自分であれること」「自分を好きであれること」
っていう
"do" や "have" よりも "be" に関わる部分である
ということについて言及して終わります。
もしかしたら、そのうちまたまとめ直して新たなエントリ追加するかもです


※皆様
ツタヤは本当は「ビジネス」だとか「営業」だとかより、こういうメンタル的な部分(特に「幸せ」について)の方が興味あるんですよ・ω・;
まぁそればっか考えてるわけでもないので、いろんなネタをアップしてますが・∀・v


2013.02.23 / Top↑
念のため最初に申し上げておくと、ツタヤは大学時代に授業料4年間払ってもらった以外は、食事代や通学費、教科書代含め、両親に支払わせていません。
4年間、奨学金とバイト代だけで乗り切りました。

その後も社会出てもうすぐ5年、そのうち約1年はプーだったり低収入時代がありましたが、多額のお金をもらうことも、今のところありません。
たまに規制すると交通費名目で片道の新幹線代程度を受け取る事は年に数回ありますが…(^^;)

という立場を明らかにした上で、今回は今の若者?の立場から思うことを書き進めてみます。

注:ツタヤの両親、決して稼ぎが悪いわけではありませんよ!(両親の名誉のため)

・・・・・・・・・・

で、タイトルのとおり「スネをかじって何が悪い?」ということなのですが…

だって、縁起でもないこと言いますが
親が死んだら結局もらうわけじゃないですか。相続で。
もちろん「ないスネをかじる」のは論外ですが、そうじゃなければ「いつもらうか」の違いなだけじゃないですか。
だったら、親の死に目にもらうより、生きて元気なうちに甘えさせてもらうのって、決して悪くはないと思うんですよ。

ちなみに今は「親のスネ」を中心に話を進めてますが、例えば直系尊族(両親・祖父母以上)じゃなく、例えば「親戚のおじさん・おばさん」や「兄弟姉妹」だとしたら、なおさら生前に甘えておいたほうが良くないですか?
だって、授受に関する税金を考えたとき

生前:贈与税の対象となり、年間110万の控除がある→年に110万円まではもらってOKヽ(;▽;)ノ
死後:相続税の対象となるが、直系尊属の場合の「5000万+(法定相続人数)×1000万」の控除が、法定相続人じゃないので使えない→容赦なく相続税がかかるorz

というふうに、生前に受け取っておいたほうが有利なんですから!!
(継続的贈与に見られないよう、受け取るには工夫が必要ですが

・・・・・・・・・・

そもそも、時代が違うと思うんですよ。
ツタヤは今28才と半年ですが、今のツタヤの世代の親の世代(大体50~60代かと)が第一線でバリバリ働いてた頃って、今とはモノとカネのバランスが違ったと思うんですよね。
言い換えるとと、今は「相対的にも」給与が減ったと。

最近賃金の上昇幅が緩やかになったor下げ幅がキツくなったなどで、ご存知のとおり平均賃金は年々低下しています。
年収ラボ:サラリーマン平均年収の推移←このデータで平成9年467万だったのが平成23年に409万まで減っているのですが、その下がり方を線形近似すると(≒毎年同じ額だけ下がったというふうに見て、直線グラフで考えてみると)、
(409万-467万) ÷ (H.23-H.9) = ▲58万/14年 = ▲4.142… 万/年
毎年4万円以上下落していることとなります。

これを平成9年と平成23年の平均給与のさらに平均を出してやると (467万+409万)÷2=438万 なのですが、つまり
▲4.142…万/年 ÷ 438万 = ▲0.009458…/年
賃金の下落率としては毎年マイナス0.95%という結果が出ます。

ちょっと乱暴な計算なので
賃金下落率 約マイナス1%?∑(・□・;)
とか単純に思って頂くのは良くないのですが、グラフを見ると「およそ」それくらいの勢いで賃金が減っているという「感覚」は持って頂いていいんじゃないかって思います。

これにともなって物価も下落しておりますが、その下がりっぷりは平均賃金の下がり方と比べるとまだ緩やか。
消費者物価指数→統計局 平成24年消費者物価指数
正直ツタヤも書いてあることはよく分からなかったのですが←爆
でも「総合指数は平成22年を100として99.7」とか「前年と同水準」だとかを見ると、賃金のような毎年マイナス0.95%なペースと比べると、まだ緩やかな感じがしますよね?

…すみません!
あとはグーグル大先生やヤフー大先生に「名目賃金 下落率」「物価 下落率」などで教えていただいてください(>_<)
でも、賃金の下落率が物価の下落率よりひどいということは、実質的には「デフレ」なんですよきっと。
モノを買うに必要な通貨の量が不足しているという状態ですし。

はい、そんなわけで冒頭のとおり、今の若者はモノに対して、
物価が下がったと言えども
「相対的に」=「それに追いつかないくらい」
お金を持ってないという。

・・・・・・・・・・

で、話を戻すのですが。
今の世が来る前に、しっかり銀行に貯金を預けてさえいる人でしたら、物価自体が下がった今の時期、逆に貯金の相対的な価値は上がってちょっとはウハウハしてる人っているわけじゃないですか。

そう、親の世代

しかも両親の若い頃と言ったら、きっと今の若い人よりも確実に働いてなかったと思うんですね。
今の若い人が残業代もつかず夜の9時とか10時まで働いてる頃、親世代といえば平日といえどディスコとか行ってワイワイやってた可能性があるっていう。
なのに賃金は昔の方が高かったんですよ???

そりゃ不公平じゃーん∑(´Д`;)

って思うかもしれないですが、まぁあれです。時代が違うんです。

でも、ここまでいろいろ書けば、
別にちょっとくらい親のスネかじっても良さそうな気分になりませんか??

・・・・・・・・・・

そんなわけで、
・賃金の減りっぷりが物価の下がりっぷりを凌駕する中で
・いわゆる親やご高齢の方々が既に十分なお金を持っており
・さらに物価自体も下がっているので、預貯金の相対的な価値は上がっている
という現象が起こっています。

それを打開するためなのか、最近「孫の教育費のための贈与は非課税にする」という案が出されたようですが…

ツタヤはあれ、大賛成です(*´∀`*)
子供が住宅を購入する際の贈与もかなり大きな非課税枠が既にありますが、それに匹敵する、いや個人的にはそれ以上に素晴らしいあんだと思います←国を支えるのって教育ですものね

それに、お年寄りの方がお金を遣いたがるって言ったら、自分たちの医療費と家のリフォームと、あとは直系卑属(子供や孫、以下)に遣うくらいですしね。
ひどい言い方すると、
停留している状態のお金を吐き出させて市場に回すには、子供や孫のために遣わせるのを促させなきゃいけない
と思うんですよ。

ってか、どうせやるなら
「直系卑属のアパート家賃のための贈与は非課税」
「直系卑属の生命・損害保険料のための贈与は非課税」
「直系卑属の自動車購入のための贈与は非課税」
「いっそ甥っ子や姪っ子への贈与も非課税!」
くらいやっちゃえばいいのにとさえ思います←やり過ぎ?

・・・・・・・・・・

てなわけで、今日もめちゃくちゃなことを書いてみましたが。
でもこれってあくまでツタヤの「客観的」な考えで、個人的にはまだスネなんてかじらず強がってたいなって思うんですよね。

まぁ1人の男としてのメンツってのもあるんですけど。
こんなバカな息子が一人前になるまで、愛情はもちろんお金だってたくさん投資してくれたお父さんとお母さんですし、老後もお金で苦しんで欲しくない。
正直介護とかになったら、自分だって働いてるだろうし、きっといつだって面倒見れる訳じゃない。
そんな時、ヘルパーさんに来てもらうにしろ施設行くにしろ、どうしても現実的に先立つものが必要になる。
そう言う事考えると、今この年のうちから多額のお金をもらう習慣って付けたくないんですよ。

けど個人的にこう思う反面、こういう感情って現状を分析して1つ解答を出す際に邪魔じゃないですか。
(またリアリスト・ツタヤ登場!?)

ということで、今回は締めさせて頂きます(´∀`)
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2013.02.10 / Top↑
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